在りし日の寝台特急「富士・はやぶさ」

数日前、「鉄道ホビダス」等のサイトによると、熊本に長い間留置されていたブルトレ客車が小倉へ回送されたそうです。2009年3月まで寝台特急「富士・はやぶさ」に使用され、その後はしばらく九州内でのリバイバル列車に使用されていました。

リバイバル列車の運転が終了して数年間、保留車として残っていましたが、今回の回送は廃車回送で、このまま廃車解体となる公算が強いです。写真を見た限りでは、色褪せて錆も多かったです。

現役時代を偲んで、在りし日の写真を紹介します。旧ブログで掲載はしましたが、アカウント削除で消えたため、こちらで改めて紹介ということになります。

 


※寝台特急「はやぶさ」/鹿児島本線長洲~大野下間にて・2008年11月2日撮影

まずは2008年11月2日に鹿児島本線長洲~大野下間で撮影した寝台特急「はやぶさ」です。寝台特急「富士・はやぶさ」の廃止まであと4か月となった2008年11月、3連休を利用して九州まで撮影に行きました。

私は「飛行機恐怖症」なので、途中の博多まで新幹線利用し、1泊目は熊本、2泊目は別府という行程でした。

初日は鹿児島本線内の人身事故で特急が遅れ、熊本到着も当然遅れました。田原坂での上り列車撮影が危ぶまれましたが、なんとか撮影はできました。翌日は久大本線経由で別府へ移動するため、久留米へ向かう途中の大野下で途中下車して撮影した一コマです。

大野下で撮影するのは2001年以来7年ぶりで、この日が九州内での「はやぶさ」最後の撮影となりました。2005年に「富士」と併結運転になった際に復活した単独ヘッドマークは、1999年までのものよりも一回り大きく、隼の色も違っていました。

 


※寝台特急「富士」/日豊本線立石~中山香間にて・2008年11月3日撮影

最終日の11月3日、普通列車で立石まで行き、タクシーで藤田踏切へ向かいました。確か、ダイヤの関係で歩きだと間に合わない可能性があったため、ホテルでフロントにお願いしてタクシー予約した覚えがあるような…f(^_^;

しかし、寝台特急「富士」を九州内で撮れたのですから結果オーライでしょう。本州内が併結運転になったとはいえ、門司で分割併合すると同時に機関車も交換するため、九州内では単独ヘッドマークが見られました。

撮影後は普通列車に乗り、宇佐で特急「ソニック」に乗り換えて小倉へ向かい、新幹線で帰京しました。

子供の頃は九州寝台特急は憧れの的でしたが、中学生になった頃には丁度、青函トンネルの開通が近づいたこともあって、北海道寝台特急へ憧れの的が移ったのも事実です。

民営化直前には博多「あさかぜ」がグレードアップしたこともあり、「スーパー・ブルートレイン」と呼ばれていてまだ憧れの的ではありましたけどね。。。

しかし、北海道方面の豪華列車とは違い、その後は食堂車営業廃止、統廃合の繰り返しと衰退の道を辿り、遂には2009年3月には全廃されてしまいました。

東日本・東海・西日本・九州の4社にまたがって走るため、各社の考え方に違いはあったのも当然ですが、抜本的なてこ入れさえなかったのも分割民営化の功罪ともいえなくもないです。

現在はクルーズトレイン「ななつ星in九州」が受け継いでいますが、寝台列車が都市間列車としての役目をほぼ終えた現在、これからは「鉄道の旅を楽しむ列車」としてその形を変えていくことでしょう。

14日夜の秋田遠征まで撮影がしばらくないので、まだまだ過去の写真を紹介していきます。