さらば寝台特急「あけぼの」【前編】

今日のJRダイヤ改正で寝台特急「あけぼの」が廃止されました。新聞報道によると、ラストランの夜、上野駅には2500人ぐらいの鉄道ファンが集まったそうです。

今から35年以上前のブルトレブーム前後、唯一回乗ったことがあるブルトレが「あけぼの」で、この時は20系客車で3段寝台だった筈です。

寝台特急「北斗星」の寝台券が取れず、北海道へ渡る時にも利用していましたし(青森と函館で「あけぼの」→「はつかり」→「北斗」乗り継ぎで札幌まで19時間)、秋田帰省時も1994・1995年には帰りに乗っていました。

現在の羽越線経由になってからは、3回とも秋田まででしたが、ある意味一番よく乗り、身近なブルートレインだったでしょう。

過去の写真をいくつかピックアップし、2回に分けて偲びたいと思います。

 


※奥羽本線白沢~陣場間にて/2000年12月17日撮影

この場所は有名撮影地で、初めての撮影でした。当時、EOS-1vの本格運用開始を兼ねており、金曜の夜に寝台特急「はくつる」で青森入りし、大釈迦峠で撮影後、大館へ移動して前泊となりました。

天候は折しも雪、新雪を巻き上げながら通過しました。当時はフィルムだったので、色温度が高く青っぽい写真になりました。

 


※奥羽本線白沢~陣場間にて/2002年2月10日撮影

2002年はこの年の12月、東北新幹線の八戸延伸が決まっていましたが、寝台特急「はくつる」の廃止はこの時点ではまだ決まっていませんでした。

3連休初日は東北新幹線→花輪線で大館入りし、前泊のち「あけぼの」を撮影してから青森入りして浅虫温泉に泊まりました。

雪の予報でしたが、予報に反して天候は晴れ。しかし、前夜に雪が降ったので、雪晴れの中、雪煙を巻き上げて疾走する写真が撮れました。

翌朝、浅虫温泉にて寝台特急「はくつる」を撮影しています。

 


※奥羽本線白沢~陣場間にて/2002年2月23日撮影

2週間前の結果は満足のいくものでしたが、それでは飽き足らず、22日の夜に夜行バスで大館入りし、夜行日帰りという強行軍で撮影に行きました。

ですが、この年は暖冬傾向で、2月下旬ごろにはすっかり早春の佇まいとなってしまいました。

 


※奥羽本線白沢~陣場間にて/2009年2月7日撮影

この時は、当時入会していた婚活サイトのチャット有志による北海道オフへ参加するため、6年ぶりに寄り道して撮影しました。

2007年7月にはEOS20Dの購入で完全にフィルムからデジタル移行し、デジタル切り替え後初の「あけぼの」撮影となりました。

曇っていましたが、前夜に雪が降っていたおかげで雪煙を巻き上げて疾走する写真が撮れました。

この後、弘前で特急「つがる16号」、青森で特急「白鳥3号」、函館で特急「スーパー北斗11号」に乗り換えて北海道へ渡りました。

 


※奥羽本線白沢~陣場間にて/2010年2月14日撮影

翌年は12月に東北新幹線の全線開通を控えていましたが、「あけぼの」の存廃についてはまだ不明でした。新幹線の開通時期を目途に廃止を視野に検討されていましたし、日本海側を経由するからといっても、楽観視できない状況でした。

夜行バスで大館入りし、撮影後は弘前に出て八戸から東北新幹線という、夜行日帰りの強行軍でした。

 


※東北本線日暮里~鶯谷間にて/2010年7月25日撮影

7月中旬ごろ、JR東日本の秋田支社が「あけぼの」の当面存続という方針が報道されたものの、いつまで存続できるかわからない状況であることは変わりませんでした。

この日は早起きして、数年ぶりに日暮里で撮影しました。上野~長岡間の牽引機がEF64に変わっており、客車もオール金帯で揃っていました。

結局、EF64牽引の「あけぼの」はこのカットのみでしたが、客車がオール金帯で揃っているのも珍しいではないでしょうか?個室寝台車は改造当初から金帯でしたが、B寝台車や電源車は元「あさかぜ」や「北斗星」用の金帯車が白帯車と混用されているからです。

元「あさかぜ」用は「はくつる」の客車化で転用されたとはいえ、2002年に同列車が廃止されると「あけぼの」「日本海」へ再転用された結果、白帯車と金帯車が入り混じる様になったからです。

帯の色が揃うことは滅多にないので、かなり貴重なカットになっただけでなく、運が良かったのかも知れませんね。

明日は2011年以降の写真をアップロードしていきます。