懐かしの上野駅

今日は寒気が入った影響で積乱雲が発生し、日中は雷雨が降ったりもしました。夕方には天気が回復しましたが、気温は低いままなので、夜間樹液採集はお休みです。

雷といえば、こわいものの代表の一つで、地震・火事・雷・おやじとはいったものです。

今日でオコジロウくんとオコミちゃんの結婚式から2か月ということもあり、鉄道博物館で撮影した写真の一部を紹介します。

 


※181系特急「とき」/鉄道博物館にて

オコジロウくんとオコミちゃんの結婚式があった転車台は「ヒストリーゾーン」内にあります。その一角ではかつての上野駅の一部が再現されています。結婚式が終了した後に撮影しました。

まずは181系の特急「とき」です。特急「とき」は上野から新潟まで結んでいた上越線特急で、現在は上越新幹線の列車名になっています。

一時期、新幹線の列車名からも消えていましたが、「あさひ」と「あさま」が紛らわしいということで、2002年の12月に「あさひ」を改称する形で復活しました。やはり、新潟の人にとっては「とき」の方が親しみやすかったのでしょう。

同区間を結んでいた急行「佐渡」の一部を吸収して14往復の大世帯にまで成長しましたが、冬の豪雪で故障が相次いで183系1000番台も投入されましたが、ファンにとっては181系の方が人気あったのでしょう。

 


※485系特急「ひばり」/鉄道博物館にて

こちらは同じボンネットでも交直両用の485系です。485系でも初期グループに当たります。

このボンネットクハは、当時東日本では仙台に配置され、「ひばり」「あいづ」「ひたち」に運用され、運用の都合で折り返し時に別列車になることがあったため、当時は係員がアクリルの愛称板を交換する場面がみられました。よく見ると、その交換光景まで再現され、心憎い演出ですね。

また、仙台には50Hz用の483系も配置されていましたが、JR化後の1990年に651系投入で全廃されています。

 


※455系急行/鉄道博物館にて

485系特急「ひばり」とホームを挟んで455系が展示されています。交直両用の急行形電車で、東北地方では50Hz用の451・453・455系が活躍していました。少数ながら50/60Hz両用の3電源式457系も混用されていました。

列車番号から奥羽線直通だった急行「ざおう」でしょうか?急行「まつしま」「ばんだい」「いわて」「ざおう」「あづま」で運用され、郡山や福島で分割・併合する等、実に多彩でした。

特急が停車しない中小都市に停車して特急を補完しながら速達サービスを提供しましたが、当時の特急は停車駅が少なく、まさに“特別”急行でした。

現在、模型で当時の東北急行再現を目論んでおり、ビュフェなしの12両編成とビュフェ組み込みの13両編成を作ろうと考えていますが、完成はいつになるのやら…再塗装失敗続きですから。

東北・上越新幹線が開通する前の30年以上前はこのような光景が繰り広げられていたのですから、鉄道の発展の歴史を伝えてくれる貴重な資料といえなくもありません。

東北・上越新幹線が開通した頃、私はまだ小学生でしたので。

明後日の「大宮ふれあいフェスタ2014」でC12が走る試運転線は鉄道博物館付近まで伸びています。ここ鉄道博物館でも試運転線を走るC12を見に来る人たちでにぎわうことでしょう。