新宿産カントウタンポポ

今日は週1の出社日でした。…が、PCの入れ替え作業に手間取り想定以上に時間がかかったので、予備日となっていた明日も出社日としました。続きはもちろんですが、会社貸与ものなので手続きも必要です。


昼休み、昼食のために外出した時、コンビニの横を通った際に足元でタンポポが咲いているのに気づきました。よく見るとカントウタンポポです。

がくのところを見たので間違いありません。セイヨウタンポポはがくが反り返り、カントウタンポポをはじめ日本在来種のタンポポは反り返りません。

また、繁殖力はセイヨウタンポポの方が強く、都心部ではポピュラーになっています。それにしても大都会・新宿の道端で咲いているとは思ってもいませんでした。

今の会社は大都会・新宿にありますが、新宿御苑がすぐ近くにあります。新宿御苑は大都会のオアシスともいえるスポットであり、そこから種が飛んできたことも考えられます。

昼休みの大都会でのちょっとした発見となりました。

親水公園のこいのぼり

数日前、facebook内の投稿で、今年も某親水公園にてこいのぼりが泳いでいるとの情報があり、午前中に行ってきました。

 


到着すると鯉のぼりが泳いでいました。一般の方からの寄付だそうです。今年もコロナ禍の影響で子供の日関連のイベントが中止になりましたが、鯉のぼりが泳いでいるのがせめての救いでしょうか。

 


橋脚の近くには水車小屋があります。昔ながらの風景が残っているのはうれしい限りです。

 


反対側を振り向いて撮影。こちらも鯉のぼりが泳いでいました。雲の形が飛んでいる鳥みたいに見えるのは気のせいでしょうか。

 


青紫色の花が群生して咲いていました。どうやら時期的にもアヤメの様です。

昔は成田線・鹿島線の特急「あやめ」の列車愛称にも採用されていました。現在穂高速バスとの競合に巻けて2015年にあやめ祭り期間だけの臨時列車になってしまいました。

昼近くを回ったのと、買い物を伴う用事があるので、撮影後は帰路につきました。

春うららの多摩川と考察

今日は夕食にDASHカレーを作るため、午前中のうちにLUMBERJACKへ行ってきました。

しかし西寄りの風が強く、帰りはスピードを出しづらく、自転車をこぐのが大変でした。

 


帰り際に撮影した多摩川です。関戸橋架け替え工事のため、流れが変わっています。中州では菜の花が咲いていますが、他の植生はあまり見られません。

 


今から6年前の2015年9月に撮影したものですが、台風による大雨で中州が水没しています。今から20年以上前の1999年8月14日、熱帯低気圧による大雨で川が増水し、キャンプしていた団体18人が流された水難事故がありました。

現場は神奈川県山北町の玄倉川で、横浜市の廃棄物処理会社に勤める会社員とその家族、その婚約者です。前日昼から熱帯低気圧の接近で雨が降り始め、15時頃にダム管理職員が避難勧告をし、大半のキャンプ客は退去しましたが、この一行は居残り続けたのです。

25人のうち4人は日帰り、危険を察した3人が前夜に避難し、最終的に18人が中州に残り、警察官や地元住民の退去勧告を無視し続けたのが原因ですが、救助隊員や地元ボランティアに対し、リーダー格の男が暴言を吐いたことがテレビでも放映され、いつしか「DQNの川流れ」とも呼ばれるようになったのです。

自然を甘くみてはいけませんし、時に猛威を振るうこともあります。自然愛好家の一員として、自然の恩恵ばかりではなく、猛威に対しても向き合っていかなければなりません。

左沢駅

4月最初の週明けスタートです。会社側のPCがおかしいところがあるため、次回出社日に診断することになりました。テレワークでも、出社時どちらでもPCがおかしくなった場合、少し残業になることがあります。

この場合の残業は上司も同僚も承知済で、残業になる唯一の事由です。ほとんどが突発的なトラブルですからね…。

 


※大江町交流センター&左沢駅

撮影終了後は機材を片付け、駅に戻りました。帰りの列車まではまだ1時間近くあります。

山形側では、概ね1時間に1本程度あるのですが、途中の寒河江に車庫があり、入出庫等で折り返しの列車もあるため、寒河江以遠では列車間隔が空くことがあります。

空き時間を利用して、駅舎を撮影しました。

左沢駅は左沢線の終着駅ですが、地方ローカル線の終着駅には似つかわしくない程の大きさです。実は、左沢駅は大江町交流センターと合築になっており、本当の左沢駅の駅舎は小さいのです。

交流センターと駅を一体化することで活性化につなげようという試みともいえるでしょう。

撮り終えると、もう16時近くとなり、まもなく帰りの列車に乗る時間がそこまで迫ってきました。

山型へ-1

春の嵐が過ぎ、週明けは快晴でした。スギ花粉がほぼ終息したので、テレワーク終了後に空気洗浄機をしまいました。スギ花粉に罹患してもヒノキ花粉には罹患していないのが幸いです。ただし、クワガタがボーベリア菌の被害に遭った場合は1週間程度出すことになります。

 


※尾瀬御池ロッジ/尾瀬御池にて

バスで向かった先は尾瀬御池です。桧枝岐でヒメオオクワガタが採れるのは御池から更に新潟県側らしいそうですが、御池あたりは尾瀬国立公園にかかっています。

国立公園で特別保護地区は動植物の採集は禁止されているため、どのあたりが特別保護地区になっているか情報収集をするためです。

山形へ移動するため、帰りのバスの時間から、あまり遠くまで歩くことはできません。ロッジには尾瀬ブナの森ミュージアムが併設されており、レンジャーの人がいたので、案内図を見ながら話を聞いてみました。

国立公園の案内図をもらったので、公園を出られるか試してみました。新潟県側へ行けば国立公園を出られると思ったのですが、昼食もとらないといけないので、30分ぐらい歩いたところでロッジへ引き返しました。

やはり、車がないと某林道は遠いです。いつかは車の免許を取らないと無理かな…?ロッジには休憩処もあるので、食券を買って昼食にしました。

昼食後、改めて話を聞いてみたところ、資料がないので詳しいことはわからないとのことでした。

 


※会津バス/尾瀬御池にて

バスの時間が来たので、乗車して会津高原尾瀬口駅へ向かいました。来シーズンへの目標もできたことですし。

 


※6050系普通列車/会津鉄道会津高原尾瀬口駅にて

15時頃には会津高原尾瀬口駅に到着しました。これから会津鉄道に乗車し、会津若松へ向かいます。まずは野岩鉄道からの直通列車で会津田島へ。会津鉄道は会津高原尾瀬口から会津田島までが電化されており、東武鉄道からの3社直通運転も実施されています。

 


※6050系区間快速/会津鉄道会津田島駅にて

電化区間は会津田島で終わり、気動車に乗り換えです。会津若松までの全線電化はトンネルや橋梁が多く費用がかかりすぎるのと、JR線が交流電化されているため、デットセクションや製作費が高価な交直流電車が必要といった問題もあります。

約1時間10分の旅路、会津若松行きのディーゼルカーは定刻通りに発車しました。

南会津の朝

今日は春の嵐という予報なので、午前中のうちにLUMBERJACKへ行ってきました。新潟県産オオクワガタの♀が1頭羽化しており、カメラを持ってきていなかったので、取り出しは来週が確定となりました。

 

一夜明け、7時30分過ぎには朝食です。山形へ移動する前に立ち寄りたいところがあり、バスの時間まで周辺を捜索してみることにしました。

 


※伊奈川

スキー場方面へ少し歩くと、スノーシェッドがあり、その途中で川を渡る橋があり、林道へ通じていました。

宿へ戻る時間から、時間の許す限り林道を歩きました。しかし何も見つからない…9時40分になった時点で戻ることにしました。

 


※ホソアシナガバチの巣

途中でホソアシナガバチの巣を見つけました。もう幼虫は全て育っているので、気ままに過ごしている様です。

10時30分ごろには宿へ戻り、一旦預けておいた荷物を引き取ってバスを待ちました。

 


※キボシアシナガバチ

宿の裏にある駐車場でアシナガバチの巣を見つけました。繭が1個だけでしたし、他にハチがいなかったので、どこかに行ったのでしょうか?珍しい光景なので撮影しました。

宿前でしばらく待っていると、バスが来たので、乗車しました。

仙台空港にて

週明けは暖かい1日でした。明日はさらに気温上昇、GW並みの暖かさとなります。

 


※快速「ELSL仙台宮城DC号」/東北本線仙台駅にて

反対側に回ってEL側を撮影しました。昨春のダイヤ改正でED75の定期運用は消滅しており、今では臨時列車や工臨でみられるだけですので、撮影しました。

撮影後は改札を出てコインロッカーに荷物を預けました。パソコンが入っていて重いですから…(爆。

空き時間を利用してどうしようか…と思案したところ、仙台空港へ行くことにしました。有人改札で聞いたところ、仙台空港線は週末パスに含まれていないので、名取~仙台空港間は別料金になるとのことでした。

すでに仙台空港行きの電車はホームに在線しているので、すぐに乗りました。約25分で仙台空港駅に到着しました。

 


※仙台空港駅

改札口にて、週末パスを見せて名取からの運賃400円を支払いました。震災時、空港は津波の被害を受け、仙台空港鉄道もトンネルが水没する被害を受けました。

現在は米軍の協力によってがれきが取り払われ、機能を取り戻しています。

駅から空港へはデッキでつながっているので、雨に濡れることなく空港ロビーへ行くことができます。

 


※仙台空港にて

展望デッキからは離着陸する飛行機を見ることができます。丁度、1機が離陸のために滑走路を走るところを撮影しました。

撮影後はすぐに仙台へ戻りました。約25分で仙台に到着、時刻は13時近かったので駅そばで昼食にしました。

旧丸山変電所跡

3日連続の出社も終わり、明日からテレワークです。次回の出社は2月4日、木曜日です。

 


※旧丸山変電所跡

今回もまた丸山変電所跡に来ました。レンガ作りの建物は今でも美しさを保っています。

廃線前に幾度も訪れた思い出深い場所でもあり、何度も足が向いてしまうのです。列車が走らなくなって15年以上が経過し、冬以外にトロッコが走る以外は、猿が峠のヌシとなりつつあります。

この時期特有といえば、バックの杉林が赤茶けてみえるのがおわかりでしょうか?そう、花粉症の元となる雄花が咲いているのです。

杉は風媒花ですので、風に乗せて大量に花粉を飛ばす訳ですから、花は地味なのです。虫や鳥を呼んで媒介する必要がないのですから、派手である必要がありません。

私も花粉症ですので、この時期はマスクが欠かせません。マスクがなければ撮影などできません。赤茶けた杉には恐怖感を覚えることもあるでしょう。

撮影した後はそそくさに麓へ下りました。

トロッコ試運転&EF63体験運転

今日も出社日でした。3日連続の出社日は明日が最終日です。ようやく苦難続きだったものがほぼ完成し、facebookのグループに投稿しました。初めての領域なので、苦難続きでした。ですが、「失敗は成功のもと」という諺があるとおり、経験の積み重ねが大切なのです。

 


※トロッコ試運転

早い昼食の後、丸山へ行く前に体験運転用のEF63のライト類が点灯しているのを目撃しました。パンダ昇降もしており、これはいよいよ動くな…と確信しました。

体験運転のEF63を狙うべく、撮影できるポイントを探したところ、遊歩道が始まる地点でトロッコが山上から下りてくるのを目撃し、後追いで撮影しました。

誰も乗っておらず、冬季運休期間中だったので、試運転と確信しました。トロッコが走り去った後、EF63が来るのを待ちました。

 


※EF63体験運転

数分後、EF63が前照灯を照らしながら来ました。現役時代、双頭連結器やジャンパ連結器側を先頭に向けて走った姿を見たことも撮影したことはないので、かえって新鮮でした。

各種の電車や気動車と連結して峠を上り下りするのですから、これだけ物々しいジャンパ連結器群は補助機関車ならではの特徴といえるでしょう。

 


※EF63体験運転

しばらくして折り返して行ったので、後追いも撮影しました。

碓氷峠鉄道文化むらでは、EF63の体験運転が行われており、一定の学科講習及び実技講習を受けて卒業試験に合格した人が運転できます。

誰が運転しているのかは分かりませんが、運転している人は、本物の機関車を運転できる喜びを味わっているのではないでしょうか?

撮影後は丸山へ向けて歩きました。

峠の釜めし&廃線跡散策

今日で松の内は終わりです。新宿の京王百貨店で今年も恒例の駅弁・うまいもの大会が始まりましたが、コロナ禍のため会場分散のうえ、イートインスペースはないとのことです。

テレワークで週1の出社が基本のため、期間中で昼飯に帰るとしたら14日だけです。

 


※峠の釜めし

駅前食堂では、いつもどおり峠の釜めしを注文しました。最近は値上がりした模様で、以前は900円だったのが現在は1000円になっています。

今回は味噌汁付で注文しました。味噌汁の値段がプラスされるため、1150円です。値上がりしても、変わらない味でした。

 


※横川駅前

横川駅前です。おぎのやの駅前食堂は駅とは至近距離にあります。まだ松の内なので、門松が飾ってあります。

碓氷線廃止前からあまり変わっていない光景で、まるで時間が止ったままの様でした。

 


※廃線跡

昼食後は腹ごなしを兼ねて廃線跡を歩きました。今回はとうげの湯まで2.6kmです。

旧丸山変電所跡は廃止前に何度か撮影に訪れており、ここまで勾配は25‰と比較的緩い方です。丸山変電所跡を過ぎるとだんだんと勾配がきつくなり、軽井沢まで66.7‰の勾配は8kmも連続するのです。このため、EF63の補助がないと碓氷峠を上り下りできなかったのが分かります。

旧上り線はレールを残したまま舗装されて遊歩道になり、旧下り線はトロッコの線路として活用されています。

とうげの湯近くになると、遊歩道は左へ曲がり、旧下り線をアンダーパスします。枯れススキが廃止から15年以上の歳月を物語っている様でした。

とうげの湯に着いた後、しばらく周辺を散策してすぐに横川駅方面へ戻りました。

 


旧丸山変電所

帰り道の途中で撮影した旧丸山変電所跡です。廃止前に訪れた時は窓ガラス類が割れたりして荒廃していましたが、現在は外観のみが綺麗に修復されています。ただし、内部は修復されておらず、非公開です。

横川駅に戻った後、再び三脚を置いた場所へ向かいました。