信州カシオペア

今日は信州カシオペアの運転日なので日野へ撮影に行ってきました。今回は追いかけ無し、立川~日野間一本で行くことにし、自転車で直行しました。自宅からおよそ1時間で到着しました。

 

信州カシオペア
通過予想時刻は18時03分前後、今日の日没時刻は18時16分ですからぎりぎりです。遠くには奥多摩や秩父連山があり、日没時刻の10分前ぐらいには太陽が隠れてしまいます。

逆光となる下流側に撮影者が多く、日が当たる側の上流側は撮影者が少なめでした。被りの懸念もあり、直前には東京行きのE233系快速が通過しましたが、スピードが速かったのと、カシオペアは立川駅を出たばかりなのと機関車の加速度からスピードが遅かったので被られずに撮れました。

前回、信州カシオペアを撮影したのは2020年10月下旬でした。10月下旬なので日没時刻が早く(16時55分ごろ)、今回の場所では日が落ちた後なので日暮里付近で撮っていました。

日の長い季節でしか撮れないため、2019年7月以来ということになります。年1、2度しか運転されないため、上流側で夕陽が当たっている写真は後々に貴重なカットになってゆくことでしょう。

信州カシオペア前夜

今日は花金、テレワークの1日でした。明日は信州カシオペアの運転日です。天気予報では曇りのち晴れとなっています。

 

信州カシオペア 信州カシオペア
信州カシオペアの撮影は2020年10月以来となります。この当時は日没が早い時期だったので、追いかけはせず日暮里での撮影にとどまっています。

今回は久しぶりに立川~日野間での撮影です。左写真が2019年5月、右写真が2019年7月です。どちらも時刻は18時台でした。日没時間が18時30~50分台と遅いため、追いかけての撮影ができました。

しかしながら今はまだ4月半ば。明日の東京での日没時間は18時16分で、通過時間はぎりぎりです。写真と同じ場所では逆光となりますが、反対側であれば夕陽の反射を狙えるのではないでしょうか。

東京都内で八王子までの区間はかなりの過密路線です。立川から青梅線に入る列車もあるため、少し減りますが被りのリスクもあるので、撮影場所の選定は慎重にならざるをえないでしょうね。

カシオペア紀行

3連休初日は常磐線経由で「カシオペア」が仙台まで運転されるとのことなので、朝早くに行きました。当初より寝坊したので鶯谷に変更しました。

 

カシオペア紀行
ところが上野発の時間を過ぎても出てきません。雪の影響による沿線倒竹の影響で常磐線土浦~水戸間が運転見合わせとなり、抑止を食らっていたそうです。

撤去作業の遅れから、当初の8時30分再開見込みが9時30分に変更となり、大幅遅れが確定となりました。朝食を食べていなかったので、一旦持ち場を離れてマクドナルドを探し、そこで朝食にしました。

寒風の中、待っていたのですから温かいコーヒーはありがたかったです。食べ終わった後に撮影地へ戻り、カシオペアを待ちました。

9字30分近く、ようやく「カシオペア紀行」が姿を現してきました。今日の牽引機は80号機。北斗星カラーでこれといった特徴はありません。ですが、田端運転所にEF81は6両が残っており、交代で「カシオペア紀行」の牽引に当たります。どの釜が充当されるのかは当日のお楽しみでしょうか。

次回、カシオペアが常磐線を走るのは4月16日で、信州カシオペアとなります。途中の新松戸から貨物連絡線を通って武蔵野線に入り、新小平から国立支線を経て中央遷に入ることが分かっています。ですが、日暮里以遠で撮影した場合、中央線快速を利用しての追いかけが困難になるばかりか、春から夏季の日が長い季節しかできないのが難点です。

カシオペア撮影は3か月ぶり、これから日が伸びてくる時期なので夕方撮影地の幅が広がることでしょう。

カシオペア紀行

今日は午前中グリーンボランティア活動、午後はカシオペア紀行の撮影でした。

 


14時前に家を出て電車を乗り継ぎ、日暮里には15時過ぎに到着しました。駅前の陸橋ではすでに人が集まっていましたが、撮影ポジョンは確保できました。

しかし、推進回送がなかなか来ない…。一般列車だった時と同じ入線時刻だったと思いますが、忘れていました。定期運行を取りやめてから5年以上経過していますし。

15時47分頃になってやっと来ました。スイート展望室には運転士が乗務、前方確認しています。このことから、上野駅13番線入線は15時50分頃と判明しました。

 


場所を移動、結局は鶯谷駅まで歩きました。都心部は駅間距離が1km未満の区間が多いとはいえ、結局は時間がかかり、上野駅発車時刻ぎりぎりでした。

日没時間が早く、日が当たらなくなっているので、雰囲気重視でぎりぎりまで露出を切り詰めて撮影しました。コロナ禍でしばらく撮り鉄から遠ざかっていたのでブランクがあります。

かといって、これからの時期、蓮田では日没後なので、年明けまでは残照狙いも厳しいでしょう。

この後は池袋に立ち寄ってから帰宅しました。

カシオペア紀行

今日は久しぶりに「カシオペア紀行」の撮影に行ってきました。せっかくだからスカイツリーを絡めて撮りたく、尾久へ行くことにしました。

初めて行くので、山手線の田畑駅から歩いていくことにしました。田畑運転所と尾久車両センターを挟んでいる…と思ったら大間違いで、実際に歩いたら遠かったです。田畑運転所はEF65やEF81等の機関車が配置されており、かつてはブルートレインの牽引機が多く集結していました。現在はJR貨物に売却されたEF510もいました。

尾久駅を通り過ぎてやっと着いたのが「上中里さわやか橋」。東北本線をまたぐ歩道橋です。

 


屋根付きなので雨の日も安心です。難点は防火対策でガラスに網が入っているため、ガラスにカメラのレンズを近づけないと網を消すことができません。

おまけに今は11月。日没時間が早いうえに太陽高度が低く、雲がかかってしまいました。ホワイトバランスの設定に苦労し、なんとかスカイツリーを絡めて撮影できました。

…が、まだ満足のいく結果ではありません。来週に再チャレンジしてみますか。

寝台特急「はくつる」試走

明日は週1の出社日です。2013年1~9月の遠征記録をアメブロより移し終えた後、まだ移すものが残っていないか確認したところ、2013年9月29日にTamtam相模原店へ寝台特急「はくつる」の試走に行っていました。当時はレンタルレイアウトがありましたが、数年前に無くなりました。

 

2013年9月29日、午前中にTamTam(タムタム)相模原店へ行き、レンタルレイアウトにて「さよならはくつる」の試走をしてきました。

自転車で1時間ぐらいかかって10時40分ごろに到着。申し込み用紙に必要事項を記入して、レジに提出。料金を支払い、ブレーキハンドルや利用者証を受け取りました。列車編成を組成して、10時55分ごろから本線での試走を開始しました。

 


※寝台特急「はくつる」試走

先頭の機関車はEF81-139号機です。2002年11月30日、下り最終の寝台特急「さよならはくつる」を牽引しました。予備電源車として、カニ24-102も持参しましたが、今回は最終日の編成としましたので、機関車次位の電源車は白帯のカニ24-116です。

 


※寝台特急「はくつる」試走

最後尾のオハネフは白帯のオハネフ24-23です。製品ではオリジナルそのままでしたが、ヤフオクで「さよなら日本海」のボディバラを落札し、表面保護および車番変更して載せ替えたので、実車同様に雨樋が露出しています。

 


※寝台特急「はくつる」試走

試走の結果、カーブでの脱線は一度もありませんでした。従来のボディマウントカプラーだったら、客車の場合は長編成になればカーブで脱線したことでしょう。線バネではなく、スプリングを使用しているところが大きかったでしょうね。

外から子供たちが珍しがって見てましたが、それもその筈です。ブルートレインはもう、「北斗星」と「あけぼの」の2列車しかないので、当然でしょうね。その2つは勿論、模型でも持っています。

1時間で試走は終了し、後片付け後に返却しました。この店のレンタルレイアウトは一部のカーブにカントがあるので、試走する時のデータ取りには最適でした。
今後は、あと何回か試走を繰り返すことになるでしょう。寝台車ですから、乗客が寝ている状態を再現してみますか!?

懐かしの寝台特急「富士」

今日は急な出社要請により出社しました。…が!出社時に利用している小田急線が代々木上原駅での信号機故障で運転見合わせとなり、急遽京王線で振替ましたが、10分ぐらい遅れて会社に到着しました。

 


※寝台特急「富士」/東海道本線三島~函南間にて・2003年3月9日

今日の様に雨上がりの翌日は富士山がすっきり見えました。前日の雨が空気中の塵を洗い流すためです。撮影当日は2日前に雨が降っていましたが、翌日の東京での最高気温が15.1度と高かったので翌日にしていました。

寝台特急「富士」と富士山の組み合わせは撮影したかった一コマで、山型ヘッドマークと富士山の組み合わせは絵になっていました。

ブルートレインブームだった40年以上前は東京~西鹿児島(現・鹿児島中央)間を日豊本線経由で24時間以上かけて走破した日本最長距離列車のイメージがありました。走行距離はなんと1595.9km!丸1日以上かかったのですから、東京~西鹿児島間でブルートレインを利用する人は鹿児島本線経由の寝台特急「はやぶさ」がほとんどでした。

撮影当時は1997年11月に東京~大分間に短縮、食堂車も廃止されたので往年の輝きは失われてしまいました。牽引機のEF66が威風堂々としているのがせめてもの慰めでした。

晩年は「はやぶさ」と併結運転、2009年3月に廃止されたので、今となっては貴重なワンカットです。

早朝の寝台特急「あけぼの」

今日はクリスマスです。欧米諸国等では今日から来年の1月1日まで1週間程度のクリスマス休暇になっている国が多いそうです。仕事始めは1月2日からで、日本とは正反対です。日本は年末から年始にかけて1週間程度休み、仕事始めは1月4日か5日です。

会社は29日が仕事納めで30日から1月4日まで、来年の仕事始めは1月5日からで、今のところ変わりありません。政府が新型コロナウイルス感染対策で1月11日まで延長要請しても、多くの企業がすぐに対応できる筈はありません。「今のところは…」と表現したのはそのためです。

 


※寝台特急「あけぼの」/羽越本線羽後亀田~岩城みなと間にて

最終日の朝は5時前に起きて秋田駅から始発電車に乗って岩城みなとへ向かいました。

6時05分到着、対して寝台特急「あけぼの」通過は6時20分ごろです。時間的にぎりぎりです。撮影地の跨線橋には数分程度で着きました。

ゆっくり構図を考える暇などありません。2月中旬にここで特急「いなほ」を撮影しているので、一発でレンズ及び構図を決めました。

8月中旬なので太陽は夏至の頃より低くなっています。夏至頃でしたら、もう少し太陽が高く日が当たっている範囲は広かったかも知れません。

6時20分頃、寝台特急「あけぼの」が通過してきました。羽越本線で日本海バックに「あけぼの」を撮りたいのは長年の悲願で、現在の羽越本線経由に経路変更してから16年後、ようやく悲願が叶いました。

撮影後は後続の電車で秋田へ戻り、朝シャワーを浴びてから朝食にしました。

羽越本線にて

今日はクリスマス・イブです。2010年まではクリスマス前後に新潟で過ごすのが通例になっていましたが…。

今は磐越西線SLクリスマストレインの運転が12月初旬になってしまい、降雪前なのでホワイト・クリスマスを楽しむ機会がなくなりました。雪の中を走るSLだけでなく、ホワイトクリスマスも楽しみでしたから。

磐越西線沿線の雪はかなり意地悪で、降る時は降りすぎてしばしば倒木障害を起こすことも多いです。

 


※583系甲子園応援列車/羽越本線岩城みなと~羽後亀田間にて

定刻より15分程度遅れて発車しました。30分程度で羽後亀田に到着しました。ここから30分程度歩いて羽越本線とのオーバークロスに到着しました。

ここで「いなほ」を待ちます。日本海が見える方とは反対側で待ったのですが、予想より遅れていたらしく、5号を撮り損ねました。もう折り返しの10号しかチャンスはなく、待っている間に583系の甲子園応援列車が来てびっくり!!

サプライズな気分になりました。そういえば、甲子園で高校野球選手権をやっていますね。

 


※485系特急「いなほ10号」/羽越本線岩城みなと~羽後亀田間にて

17時過ぎ、秋田からの折り返しの「いなほ10号」が通過しました。リニューアル車でしたが、いよいよ9月28日からE653系への置き換えが始まるので、贅沢は言ってられません。

撮影後は羽後亀田駅から電車に乗って秋田へ向かい、予約したホテルにチェックインしました。

大釈迦峠にて

今年の仕事納めまでちょうど3週間になりました。仕事納めは29日で、30日から来年1月4日まで6日間の休みに入ります。

 


※キハ40系快速「深浦」/奥羽本線鶴ヶ坂~大釈迦間にて

最終日は平日でしたが、有給を取っていました。早朝撮影を終え、ホテルに戻った後は朝食です。

7時45分ごろにチェックアウトし、同56分発の普通列車で鶴ヶ坂に向かいました。8時13分に到着、撮影地へ向かって歩きました。
約15分で到着、まずは青森方へカメラを向けるべく三脚をセットしました。

9時を少し過ぎたころ、五能線からの快速「深浦」が通過しました。後追いでしたが、たらこ色だったのがラッキーでした。

 


※EF510貨物列車/奥羽本線鶴ヶ坂~大釈迦間にて

数分後、EF510牽引の貨物列車が通過しました。ナンバーを確認したところ、基本番台でした。安中貨物及び常磐線貨物の委託解消により、JR東日本から500番台が9両譲渡されましたが、まだ改造中なのかもしれません。

 


※701系普通列車/奥羽本線大釈迦~鶴ヶ坂間にて

寝台特急「あけぼの」を撮るため、今度は秋田方へカメラを向けるべく移動しました。新たに三脚をセットし直して「あけぼの」を待ちます。

前哨戦として、701系普通列車を撮影しました。

 


※寝台特急「あけぼの」/奥羽本線大釈迦~鶴ヶ坂間にて

9時40分ごろ、寝台特急「あけぼの」が来ました。牽引機は双頭連結器装備の139号機でした。

ミッションを全て終了し、新幹線で東京へ帰るために徒歩で鶴ヶ坂駅へ移動しました。