寝台特急「北斗星」

今日は晴れていましたが、退勤時は北風が吹いて肌寒い1日でした。カメラを携帯したものの、SDカードを入れ忘れていました。これでは何の役にも立たない、ただの重りです。

今日から寝台特急「北斗星」が臨時列車として帰ってきました。8月下旬までの期間限定です。

 


※寝台特急「北斗星」/千歳線島松~北広島間にて・2012年1月21日撮影

写真は今から3年前に撮影しました。当初は2011年3月に遠征予定でしたが、震災で中止になりました。

気温はマイナスで、結構寒かったのですが、関東を南岸低気圧が通過したために北海道では雪が降りませんでした。

線路に雪が積もっていても、雪煙が舞うにはある程度の条件が必要となります。

まず、降雪中か、雪が止んでからあまり時間が経ってないこと。そして雪がまだ柔らかいことも条件になります。列車のスピードももちろんですが、雪が凍結していたのです。このため、雪煙が舞わなかったのです。

見る側からは寒さが伝わりそうですが、雪煙がないと迫力に欠けますね…。3月にもリベンジしましたが、線路の雪は解けてなくなっており、翌年1月はまた関東に南岸低気圧が通過してしまい、結局は3月まで待たなければなりませんでした。

もう、雪の中を走る「北斗星」を見ることはできません。完全廃止の日は刻々と近づいています。

雪の青森駅に到着した「トワイライトエクスプレス」

今日は日中、気温が上がり暖かい一日でしたが、夜になると気温がぐっと下がりました。昼と夜で寒暖の差が激しいです。

 


※寝台特急「トワイライトエクスプレス」/奥羽本線青森駅にて・2001年2月2日撮影

2週間前に運転終了した「トワイライトエクスプレス」ですが、昔の写真で未紹介のものがありましたので、紹介します。

今から14年前となる2001年2月2日、午後半休を取得して北海道へ渡りました。東北新幹線はまだ盛岡で、特急「はつかり」を乗り継ぎ、青森からは急行「はまなす」でした。

乗り継ぎ待ちで、たまたま「トワイライトエクスプレス」が到着しており、撮影しました。居合わせた駅員に聞いたところ、大雪の影響で2時間ぐらい遅れていたとのことです。

すでに牽引機はED79からEF81に交代しましたが、出発前から大量に付着した雪がこれから大阪までの道中の厳しさを物語っています。

運転終了した今となっては貴重なワンカットです。思わぬサプライズも後に貴重なワンカットとなるのは間違いないでしょう。

3月改正で消えゆく列車・5-寝台特急「北斗星」

今日は午前中に一時雨が降りました。若葉台の某ディスカウントショップにて不愉快な対応をされました。
これでは、「この店ではもう2度と買わない」と客に思われても仕方ないでしょう。まるで商品を売るつもりがない様に受け止められたのですから。HPからクレームをつけるつもりです。

 


※寝台特急「北斗星」/千歳線上野幌~新札幌間にて・2012年3月10日撮影

いよいよダイヤ改正まであと1週間に迫ってきました。今回のダイヤ改正では、寝台特急「北斗星」の定期運転終了し、定期ブルートレインは全廃となります。

4月から8月22日まで週3往復、「カシオペア」の裏スジで臨時運行されますが、夏の終わりと共に運行終了、これでブルートレインは本当に全廃となります。

1988年3月の青函トンネル開通と共に運転開始し、ずっと憧れのブルートレインでした。模型でもずっと持っているぐらいですから、ほぼ27年間、「北斗星」への憧れは変わっていませんでした。

当時中学生だった頃、青函トンネル開通で本州~北海道直通ブルトレ構想を雑誌で知った時、市販のブルートレインを改造して作りたいと思っていたのは、トンネル開通の前年夏からでした。

今では市販品に変わりましたが、更には現在の混成編成を作る際、北海道編成から金帯の状態が悪いB寝台車をタネ車にヤフオクでB個室車のボディパーツを落札し、交換で改造しました。

子供の頃はブルトレブームだったので、40年近く経った現在、まもなく全廃になるのは寂しい感じがあります。

3月改正で消えゆく列車・4-寝台特急「トワイライトエクスプレス」

facebookにて、気になる記事がシェアされました、リンクはこちら です。

マイナビニュースにて、「鉄道ファンと付き合ってよかった5選」という記事で、その記事を見ると本当に嬉しいことがびっしりと書かれていました。詳しくはリンク先をご参照ください。

10年ぐらい前、ネットで元相手と知り合ったのですが、結局は1度も会わずに終わりましたが、付き合って楽しいどころか逆につまらないという考えだったのでしょう。末期には私の人格そのものを否定しましたから、その裏切りはいつか必ず自分に返ってきます。

最後に浮気を告白したのですから、逆に本命の相手(もしくは現在の夫)に浮気されて別れる(もしくは離婚)という形で自分に返ってくると確信しています。下関帰省時にオフで人と会ったこともサクラと否定したのですから、許しがたい事実です。

下関オフは、1987年以来22年ぶりに帰省するきっかけとなったのは事実です。新幹線で新下関駅に到着した時、子連れで迎えに来てくれました。約束を遵守してこそ、出会いにつながり、幸せへのステップを踏むことにもなるのです。それを真っ向から否定することは、確実に不幸は訪れるということなのです。

記事を見て、鉄道ファンやってて本当によかったと思っていますo(^▽^)o

 


※寝台特急「トワイライトエクスプレス」/東海道本線高槻~山﨑間にて・2008年2月29日撮影

来る3月改正では、寝台特急「トワイライトエクスプレス」が運転終了します。最終運転日は3月12日始発で、ダイヤ改正日にまたがる運転はしないとのことです。

北陸新幹線の金沢延伸で並行在来線がJRから経営分離されるため、今までの3社直通から6社に増えます。ダイヤ調整や第三セクター会社への乗り入れに伴う線路使用料の発生、ひいては運賃・特急料金の値上げにつながるのが本当の理由です。

写真は昨年5月29日の記事に掲載したものの再掲です。通称“サントリーカーブ”からの撮影ですが、現在はフェンスが立ったため撮影が不可能になり、今となっては貴重なワンカットです。

 


※寝台特急「トワイライトエクスプレス」/千歳線上野幌~新札幌間にて・2012年3月10日撮影

2012年3月の北海道遠征で撮影したワンカットですが、好天に恵まれ線路の雪は解けていました。柔らかな陽光が春の訪れを告げている様でした。早春の雰囲気で撮れはしたものの、雪煙を巻き上げて疾走する迫力あるカットが撮れなかったのは残念です。

この頃、北海道に着いて花粉症の症状が治まったのに気づきましたが、まだ“避花粉”という概念はなく、札幌に1泊のみでした。翌年も同様に1泊だったので、非電化区間での撮影を含め、本格的な避花粉は2014年まで待たなければなりませんでした。

寝台特急「トワイライトエクスプレス」はまもなく運転終了しますが、愛称は2017年春にデビューする「瑞風」に受け継がれます。

運転終了後も次回全検までは客車はJR西日本管内のクルーズトレインとしてしばらく使用されるので、機会を見つけては最後の撮り納めをしたいですね。

雪の首都圏を走る寝台特急「北斗星2号」

明日は関東甲信越地方で降雪の予報があり、朝早く起きて雪がある程度積もっていれば、早朝出勤です。降りはじめの時は初動の判断が難しいのです。

 


※寝台特急「北斗星2号(当時)」/東北本線蓮田~東大宮間にて・2001年1月28日撮影

寝台特急「カシオペア」のおよそ15分後には「北斗星2号(当時)」が通過してきました。撮影当時、「北斗星」は2往復運転で、1・2号がJR北海道、3・4号がJR東日本の受け持ちでした。

牽引機はまだ星釜のEF81で、EF510は量産先行機さえもまだ登場していませんでした。ただし、EF200と同時開発された交直両用のEF500はありましたが。。。

関東南部ではあまり降雪の機会がなく、平日に降雪があればもちろん撮影はできません。降雪が週末だったことも幸いで、貴重な一コマとなりました。

現在は本州内の牽引機がEF510に代わりましたが、あの時撮影に行ってよかったと後世に誇れるでしょう。

まもなく“ブルートレイン”が死語になろうとしている現在、ブルートレインを知らない世代へ語り継いでいくことが我らファンに課せられた使命ではないでしょうか。

雪の首都圏を走る寝台特急「カシオペア」

今日2月3日は節分です。明日は立春で、暦の上では春になります。実は節分は年に4回あり、立春、立夏、立秋、立冬の前日が節分とされています。

何故かというと、「季節を分ける」という意味があり、各季節の始まりの前日が節分なのです。このうち、豆をまくのは春の節分だけです。

 


※寝台特急「カシオペア」/東北本線蓮田~東大宮間にて・2001年1月28日撮影

明後日2月5日は南岸低気圧の通過により、首都圏で大雪の恐れがでています。ネタを探していたところ、今から14年前に撮影した写真で、首都圏で雪が降った翌日のものが見つかったので紹介します。

撮影した2001年1月28日は前日に雪が降り、翌日は寝台特急「カシオペア」が上野に戻ってくるので、滅多にない機会として撮影しました。

平野部なので雪は少なめですが、時間帯が朝8時台で、日が高くなって雪が融ける前の通過だったのが幸いで、雪の首都圏を南下する貴重なカットが撮影できました。

この後は寝台特急「北斗星2号」(当時)も撮影していますので、追って紹介します。

雨樋外付け改造カニ24

今日も南岸低気圧の影響で日中は雨でしたが、退勤時にはほとんど止みました。明日は2日ぶりに太陽が姿を現しそうです。

昔の写真を探したら、貴重な写真を発見したので紹介します。

 


※寝台特急「あけぼの」/東北本線上野駅にて・1995年2月12日撮影

今から20年近く前の1995年2月12日に早朝の上野駅で撮影した寝台特急「あけぼの」です。札幌雪まつりに行くため、北海道へ渡りましたが、この時はなんと!!

寝台特急「あけぼの」→L特急「はつかり」→特急「北斗」を乗り継いだのです。トータルの所要時間は19時間でした。帰りも同じルートだったので、正気の沙汰ではないですよね…f(^_^;

私は飛行機恐怖症なので、北海道や九州へはいつも列車利用なのです。

この写真をよく見ると、雨樋が外付けになっています。このカニ24は、0番台のラストナンバーである25番で、この頃にはすでに雨樋外付け改造を受けたことになります。

帯はまだステンレスですが、テールマーク周囲の白縁がなくなっています。当時は異端車だと思っていましたが、数年後には白帯化されて印象がまた変わることになります。

当時はまだ写真の腕は下手くそでしたが、今改めて見ると貴重なワンカットだったと思える一コマです。

寝台特急「北斗星」ファーストショット

今日は南岸低気圧の影響で冷たい雨でした。雨の中に雪が混じりましたが、積もることはなく雨が主体でした。

来る3月改正で寝台特急「北斗星」が定期廃止されますが、昔の写真を探したところ、20年以上前のものが見つかったので、思い出の一コマを順次紹介したいと思います。

 


※寝台特急「北斗星5号」(当時)/東北本線上野駅にて・1994年12月30日撮影

今から20年以上前の1994年12月30日、上野駅へ臨時も含めた夜行列車群の写真を撮りに行った時の一コマですが、2日前に発生した「三陸はるか沖地震」の影響で、発車が2時間以上遅れていました。

この一コマが寝台特急「北斗星」のファーストショットでした。

 


※寝台特急「北斗星5号」(当時)/東北本線上野駅にて・1994年12月30日撮影

通常、電源車は札幌方なのですが、2日前の地震の影響で逆編成になっていました。1991年3月に上野駅での電源車の騒音・排煙対策でこれまで上野方だったのを編成丸ごと方転したのです。

国鉄時代、電源車の向きは東海道基準に揃えられていました。これは全国規模での車両の転配を考慮したのでしょう。

よく見るとHゴムが黒になっており、発電機関更新車であることがわかります。この頃からすでに電源車の更新工事が始まっていたのです。

20年以上前、撮り鉄を始めた頃はまだコンパクトカメラで、駅撮り中心でした。もちろん、腕は素人レベルでしたが(^^ゞ

一眼レフ購入は翌年3月、「北斗星」初乗車は更に7月まで待たなければなりませんでした。

地震の影響で2時間以上遅れたとはいえ、憧れのブルートレインを初めて撮影できた喜びは大きかったのです。もう27年近くも模型を持っているのですから、それだけ「北斗星」は憧れの存在だったのです。

「北斗星」廃止決定…

今朝の新聞報道によると、遂に寝台特急「北斗星」の廃止が決定しました。北海道新幹線開通準備として、新幹線の試験走行や青函トンネル内の工事でダイヤ調整が難しくなるのが理由だそうです。もっとも、車両の老朽化もありますが。

GF(仮)の公式サークル内でアンケートを作り、取ってみたところ、北海道への交通手段に今のところ「北斗星」を選ぶ人が多く、廃止される前に!と関心が高まりつつあります。

 


※寝台特急「北斗星」/室蘭本線大岸~豊浦間にて・2014年3月3日撮影

読売新聞では「来年度中」、その他の新聞やTVでは「来年3月のダイヤ改正」と報道しています。一体、どちらが正しいのでしょうか??

「北斗星」の廃止決定は非常に残念で、寂しくなります。。。誕生以来、ずっと憧れのブルートレインだったので、廃止決定の発表はこれまでのブルートレイン廃止よりも一層侘しさが増してきています。

「北斗星」廃止で、遂にブルートレインは全廃されることになります。模型では20年以上ずっと持っているので、思い出の品として残ることでしょう。

定期廃止まで残り3か月、来年3月の北海道行きが最後の「北斗星」撮影になりそうです。さようなら「北斗星」、さよならブル―トレイン…。