追悼:E4系Max

明日は山手線ふが史上最長の52時間運休となります。渋谷駅ホーム拡張に伴う線路切り替え工事で、内回り線の池袋~新宿~大崎駅間が運休になります。

山手線で折り返し設備があるのは池袋、大崎、品川の3駅で、ラッシュ終了時によく見られる途中駅止まりの行き先です。内回り線は本数を大幅に減らして池袋~東京~品川~大崎間の折り返し運転となります。外回り線も本数を減らしての運転となるので、混雑が予想されそうです。

 


10年ぐらい前の写真ですが、2011年12月10日に新潟へ行った時に乗ったのは朝7時近くの「Maxとき」でしたが、この時は200系と並んでいました。

1982年の東北・上越新幹線開業時に製造された初代営業用車両です。この年の11月には東北新幹線から撤退していました。

 

 
翌日の12月11日には上越線へ向かうため、上毛高原まで乗車しました。この年は3月に東日本大震災があり、復興祈念の一環でステッカーが貼られていました。

当時、寝台特急「北斗星」「カシオペア」をけん引していたEF510にも貼られていました。ただし、JR貨物譲渡後には剥がされてていました。

大震災から10年、この年の11月には宮城県石巻も訪れていました。被災地にお金を落とすことが復興支援につながると考えていました。石巻線、東北本線、陸羽東線で3週続けてSLが運転され、撮影に行きましたが、当時の会社では「東北へボランティアに行く」等と噂されたされたものです…。

雪の大宮駅

今日はかなり冷え込んだ1日なので、上に1枚羽織ってのテレワーク業務となりました。例年だと暖房が入るのは11月10日前後です。クワガタの冬眠準備もそろそろですからね…。

 


20年前になりますが、2001年1月27日、南岸低気圧で関東地方に雪が降ったので大宮駅へ新幹線の撮影に行きました。概ね5~10分ぐらいの遅れが出ていました。

左写真が400系+E4系の「つばさ・Maxやまびこ105号」、右写真がE4系+400系「Maxやまびこ・つばさ128号」です。

撮影当時、400系は健在でしたが、この頃になるとE3系に合わせた塗装変更が進んでおり、旧塗装を見ることさえ難しくなっていました。山形新幹線用のE3系はまだ7両編成2本しかありませんでした。

また、400系は東日本の新幹線車両では200系2階建て車、E1系ともに車体は数少ない普通鋼製車両でした。

400系を置き換えたE3系も、2024年春からはE8系への置き換えが決まっており、新幹線の世代交代の早さを感じます。

在りし日のE1系旧塗装

今日は半日雨で肌寒い1日でした。風雨が強まる時間帯もあるので、昨日のうちにLUMBERJACKレンタルBOXへ行って正解でした。

 


昔の写真を漁ったら2000年4月23日にE1系「Maxあさひ2号」の写真が出てきました。しかも旧塗装です。

前年(1999年)12月改正で上越新幹線専従になった後でした。「あさひ」の列車愛称も今は過去帳入りです。1997年に北陸新幹線が長野先行開業した際、上越新幹線の遠近分離で「たにがわ」が新設された一方、新潟発着は「あさひ」に統一され、「とき」の愛称が一旦消滅しました。

「あさひ」と「「あさま」が一字違いで紛らわしく、誤乗もしばしば発生したとのことで、新潟県からは「とき」の愛称復活を求める声が大きかったそうです。
2002年12月、「あさひ」を「とき」に改称する形で復活したので、行き先別の列車愛称がすっきりしたことになります。

東北新幹線を走っていた頃はもちろん旧塗装でした。残念なことに、東北新幹線大宮以北での走行写真は一度も撮影したことがありません。ただし、乗車はしていましたが…。

北海道へ渡る時や秋田帰省時等にも乗ったことがありますが、東北新幹線では数えるほどでした。当時、400系「つばさ」以外ではJR世代の新幹線電車はE1系Maxぐらいでしたからね……( = =) トオイメ目

東北新幹線を駆けるE4系

やっと花金です。明日は週末ですが、低気圧の影響で天気が崩れてきます。

昔の写真を漁ったら20年以上前に福島県で撮影した東北新幹線の写真がありましたので、E4系を中心に紹介します。

 


まずは2000年4月18日に撮影した「Maxやまびこ35号」です。休出代休を取得していたと思いますが…。単なる休暇?もう20年以上前の話なので覚えていません。

この頃は東北新幹線はまだ盛岡終着で、新青森への延伸工事中でした。この2年後には八戸、更に8年後の2010年にやっと新青森まで全線開通するのです。

東北新幹線を16両編成で駆け抜けていましたが、仙台以北は輸送量が減るため、多客時以外は仙台駅で増解結していました。朝夕の通勤時以外で日中に16両編成は貴重でした。

しかしながら、2005年12月には仙台以北の運用が消滅、仙台駅でのE4系増解結もなくなりました。仙台以北での運用期間はほぼ8年間でした。

 


続いて400系「つばさ」を併結した15両編成です。当時のE4系は200系の置き換えで、8両編成の定員は817名。200系または10両編成とほぼ同数の定員でした。

ホーム有効長の関係もあり、E1系の12両編成に対し、8両編成となったのはフレキシブルな運用に対応するのはもちろんですが、東北新幹線では分割併合する列車が多いというのも背景にあります。

この頃はまだ400系も健在で、しかもシルバー一色のの旧塗装です。2001年までには全て塗装変更が終了し、併結相手も全てE4系に変わりました。

 


2000年4月29日に撮影したE4系+400系「Maxやまびこ・つばさ128号」です。上り列車ではE4系が先頭でした。

日中の東北新幹線では、E4系同志を連結した16両編成より、400系またはE3系を併結した組み合わせが多かった気がします。ただし、秋田新幹線「こまち」の場合は長距離路線ということもあり、高速運転が要求されるためE2系併結でした。

2000年当時の東北新幹線ではE2系はまだ少数派で、240Km/h運転列車が多かったので、邪魔にはならなかったのでしょう。

20代後半だった当時、がむしゃらだった思い出の一コマです。

Max1階席からの車窓

今日は週1の出社日であると同時に鉄道の日です。1872年の今日、新橋~横浜駅(現在の桜木町駅)間が開業しましたが、この年の5月7日には品川~横浜間で仮営業を始めていたのです。

 


しばらくはMaxの追悼シリーズです。2009年秋に只見線へSL撮影に行った時のものですが、この時は1階席の指定を取っていました。

在来線の場合、1階席でも高架区間以外なら車窓はそこそこ見えるので気にはなりません。しかしながら、新幹線の場合は全線が道路とは立体交差とするため、高架がほとんどです(東海道新幹線は盛土が多い)。

高速で走るための騒音対策で防音壁が高く、車窓は山間部以外では空しか見えず、多客時以外は空席が多かったです。2階席は乗客が多いのに対し、雲泥の差ともいえますが、穴場でもありました。

眺望がきく2階席と違い、1階席は快適性を重視したのか、座席も2階席と違って少し快適でした。乗客が少ない分、別の意味での快適性もありましたが。駅に停車中、目線がホーム面とほぼ同一になったのも不思議な感覚でした。

Maxデビューして間もない頃は2階席中心に指定を取っていましたが、後期には1階席、そしてフラット席中心になりました。

E1系の東北新幹線での運用期間が5年5か月しかなかったのに対し、E4系は14年9か月と3倍近い運用期間だったのは、フレキシブルな運用が可能だったことにあるからでしょう。

E1系Max

今日も肌寒い1日でした。明日は週一の出社日、鉄道の日でもあります。

 


今日紹介するのはE1系Maxです。JR東日本が新製した新幹線車両で初めて「E」が付いた系列です。当初は「600系」を名乗る予定だったそうです。また、新製直後は「Max」ではなく暫定的に「DDS」の車両愛称だったそうです。

「DDS」とは「Double Decker Shinkansen」の略です。

写真は2010年7月31日で、新潟県へ急行「きたぐに」の撮影に行った帰りで、長岡駅から東京駅まで乗車しました。

 


2階建てですから、E4系同様、まるで壁です。

 


当時は早朝で夜行バス利用で夜行トンボ帰りという強行スケジュールでした。

そのため、奮発してグリーン車にしました。E1系、E4系共通で、グリーン車は2階席でした。さすが新幹線のグリーン車、座席はどっしりしています。

わずか1時間半ぐらいでしたが、この後は終点までぐっすりだったと思います。

その後は2012年9月の引退まで一度も乗ることがなく、結果的にはこの時がE1系最後の乗車となりました。上越新幹線専従になったといっても、6編成しかない少数派のため、なかなか時間が合わずに乗る機会に恵まれませんでした。

乗車機会が少なかったとはいえ、今では貴重なワンカットであると同時経験にもなりました。

追悼:E4系Max・4

今日は第2月曜日で本来はスポーツの日ですが、オリンピックのために2年連続で移動し、平日でした。来年からは元通り10月第2月曜日が「スポーツの日」です。

 


写真は2009年11月1日に撮影したものです。只見線へSL撮影に行くため、途中の郡山まで乗車しました。

当時勤めていた会社ではこの年のGWを12連休にした代替で、9月のSWおよび10月の体育の日、11月の文化の日が振替で平日になりました。そのため、11月2・3日の2日間、有給休暇を取得しました。

併結しているのはE3系「つばさ」で、この時は400系からの置き換えが進んでいました。山形新幹線初代車両の400系は最高時速が240km/h、2代目となるE3系は275km/hです。しかしながら、400系置き換えが終了するまでは共通運用だったのと、E4系併結のためE3系も最高時速は240km/hに抑えられていました。

東北新幹線がまだ八戸までのと、E5系デビュー前で、当時主力だったE2系は最高時速275km/hだったので、速度差は35km/hとそれほど大きくはありませんでした。それもその筈、200系置き換えには速達志向のE2系、輸送力重視のE4系と二極化で増備をしていました。

大量輸送の時代は終わり、新青森までの全通そして北海道新幹線開業で高速化が進むと、E4系は次第に東北新幹線では足枷となるのが目に見えてきており、2012年9月に撤退するまで14年9か月と15年に満たない営業期間でした。

新幹線は全線立体交差なのと防音壁をクリアするため、線路より高い場所を探すことが多くなりがちなので、駅も貴重な撮影場所になります。

停車中といえど、今では貴重なワンカットです。

追悼:E4系Max・3

今日も厳しい残暑で、日中のテレワーク業務中は扇風機をつけたりしました。明日は通常の週一出社日です。

 


今日も引き続きE4系Maxの追悼です。まずは穴場ともいえるフラット席です。

Maxはオール2階建てのため、1階席と2階席に分かれています。当然ながら、多客時以外は2階席に乗客が集中する傾向があります。1階席だと防音壁しかみえず、眺望がききません。

ところが、1階席と同じ扱いながら、通常の平屋車両と同じレベルの座席があるのです。

それは…フラット席で、E4系の場合は2・6号車の新潟寄り、4号車の東京寄り車端部に設けられています。E1系やE4系の場合、通常車両と違って床下に機器を設置することが出来ず、電動車を中心に車端部に機器室を設置していました。コンプレッサーやMG…すなわち補助電源機器、VVVFインバータ制御装置などです。もちろん、トイレや洗面所、車掌室ももあります。

このフラット席は天井が高く、圧迫感がないですが、座席が3列分しかなく、奥行きがないために狭く、個室といった感じです。座席番号は15-17番で1階席と同じ扱いですが、指定席券には「FL席」と追記されていました。

まさに穴場だったので、好んで指定して指定席券を買っていました。ただし、台車直上にあるのが欠点で、いいことづくめではありませんでした。

 


リニューアル工事と共に登場した朱鷺のイラストです。上越新幹線専従となり、新潟県では中国から譲って貰ったつがいから人工繁殖に成功し、現在は放鳥もされています。

実際の鳥の体色と帯色が揃っているのも、列車名「とき」をイメージしてのことでしょう。E7系は期間限定で稲穂朱鷺の翼をイメージしたロゴマークになりましたが、再び鳥が飛ぶ姿のイラストが見られる日はくるでしょうか。

追悼:E4系Max・2

今日は第3営業日での出社日です。ほぼ終日紙の書類を確認しながらの仕事があるので、確実に出社しなければなりません。月初は確実に出社日が増えています。

 


ネタが切れかかっているため、今日もE4系Maxの追悼です。

写真は2016年4月に撮影したもので、塗装変更の過渡期でした。搭乗時の旧塗装は黄色帯でしたが、先代のE1系の後を継ぐ形で帯色が朱鷺色への変更が進行しつつありました。

2014年頃から始まっており、かなり進んでいましたが、新旧塗装の併結を見ることができてラッキーでした。

 


売店スペースです。すでに2012年秋に営業を終えた後であり、空荷なったショーケースが寂しさを漂わせています。カウンター内歯消灯されています。

東海道・山陽新幹線では300系で食堂車やビュッフェがなくなり、グリーン車を挟む形でサービスコーナー(売店)が設置され、500系もこれに続いたのですが、700系以降では売店すらなくなりました。

乗客にわざわざ売店まで足を運んでいただくより、ワゴンで席まで運ぶ方がサービス向上というのが鉄道会社としての考えなのでしょう。

E4系は2003年に300系や500系の売店営業が、2004年に200系カフェテリア営業が廃止された後、E1系と共に10年近く売店営業を行った新幹線最後の系列ともいえるでしょう。

追悼:E4系

台風一過で暑い1日でしたが、夜には雷雨となりました。今シーズンの夜間樹液観察終了判断はまだおあずけです。夜間樹液観察の終了宣言後は日中観察にシフトし、11月には完全終了宣言となります。

昨日付けで定期運行を終了したE4系ですが、東北新幹線を含めた過去の写真で追悼したいと思います。

 


1枚目は2011年3月5日に撮影した「つばさ・Maxやまびこ」です。この日はE5系「はやぶさ」デビュー日で、大宮駅に行きました。

先頭はE3系「つばさ」ですが、後ろにわずかながらE4系が写っています。この頃は東北新幹線での運用範囲は仙台までで、山形新幹線との併結運転が中心となっていました。

2005年には仙台以北の運用がE2系・E3系となり、撤退済みでした。2012年春から「つばさ」の併結相手がE2系となり、この頃には400系が全車引退していたことも相まって、山形新幹線用のE3系は本来の高速性能をフルに発揮が可能となっていました。

E4系併結時の最高速度は240km/h、E2系併結時は275km/hで、山形新幹線のスピードアップも図られ、2012年秋には大宮以北から撤退する結果となりました。

 


2枚目は2011年10月29日に撮影したもので、上越線SL撮影に行く途中でした。

この時乗車したのは「Maxとき・たにがわ」で、現在の「たにがわ」は朝夕の運転ですが、北陸新幹線がまだ長野までだったので、日中でも1時間に1本程度運転されていました。

高崎駅で後続の「Maxとき」を退避していましたが、Max同士の追い抜きは珍しいことではなかったです。先頭車同士の連結面から見えるMaxはまるで壁のようでした。

 


3・4枚目は2012年4月1日に撮影したもので、磐越西線へ「SLばんえつ物語」の日帰り撮影に行きました。東京駅朝7時過ぎの列車で、売店は営業していたものの、ショーケースに飲み物がほとんどなくて寂しい状況でした。

E1系はワゴンによる車内販売ができず、弁当の自動販売機や売店営業で代替していました。しかし、弁当の自動販売機は利用が振るわずに数年で撤去されたようです。

E4系はワゴン昇降機の設置でワゴンサービスが可能になり、売店は規模が縮小されました。E1系より規模が小さくとも、商品を選んで買える楽しみもありましたが…。2012年秋で営業を終了、多客時には臨時で営業することがあったそうです。

晩年は上越新幹線での乗車がほとんどでしたが、2000年4月に福島県内で東北新幹線での走行写真を撮影しているので、機会があれば紹介します。