干支ステッカー付ロマンスカー

昨日(4月8日)の出社時記事にロマンスカーの話が出たので、2013年1月2日の記事をアメブロより移動します。

今から8年前ですが、小田急の公式HPにてVSEとMSEそれぞれ1編成に今年の干支ステッカーを貼って運行するという情報があり、新百合ヶ丘へ撮影に行きました。

行こうと思い立った時間と小田急時刻表によると、VSEは「はこね10号」「はこね14号」で箱根湯本から折り返して来ることがわかり、最悪2本狙うことを覚悟の上でした。

区間準急に乗り、百合ヶ丘で下車しました。撮影地へ向かって歩く途中でLSEが通過し、見る鉄に…_| ̄|o

撮影地に着き、三脚とカメラをセットして何本かの通勤電車を撮影しながらロマンスカーを待つことにしました。

最初のロマンスカーはVSEの「はこね10号」でした。

 


※50000形 特急「はこね10号」/小田原線新百合ヶ丘~百合ヶ丘間にて

しかし、運悪く干支ステッカー無の編成でした。これで1時間待ちが確定しました。VSEは2編成なので、確率にして1/2ですが、2編成が運用している時は1時間続行なので、それだけ待てば撮れます。

 


※60000形 特急「はこね12号」/小田原線新百合ヶ丘~百合ヶ丘間にて

VSEのおよそ30分後には60000形MSEの「はこね12号」です。ブルーリボン受賞のシール付ですが、干支のステッカーはありませんでした。MSEで干支のステッカーを貼っているのは、6両編成の方で、1/4の確率です。6両編成の方も振り返ってみたところ、干支のステッカーはありませんでした。

この「はこね12号」は新宿到着後、「あさぎり・えのしま11号」になって御殿場と江ノ島へ向かいます。

 


※50000形 特急「はこね14号」/小田原線新百合ヶ丘~百合ヶ丘間にて

10号から待つこと1時間、「はこね14号」が通過しました。やっと干支ステッカー付の編成にありつけました。しかし、もう正面には日が当たらなくなっています。

この後は撤収、帰宅しました。

東武スペーシア

今日から2013年9月の福島、山型遠征記事を旧ブログから移します。これが終わると、2013年1~9月の遠征記事は全てこちらへ移し終えることになります。

2013年シーズン最後の灯火採集と左沢線SL撮影のため、9月6日に休暇を取得して2泊3日の東北遠征に行ってきました。

まずは福島県南会津で、最寄が野岩鉄道の会津高原尾瀬口なので、JR~東武~野岩と3社を乗り継いで行くことになります。途中の鬼怒川温泉までは新宿から直通特急があるので、えきねっとにて「スペーシアきぬがわ3号」を予約しました。

 


※東武100系 特急「スペーシアきぬがわ3号」/東武鬼怒川線鬼怒川温泉駅にて

早朝に発生した日光線内での人身事故の影響で遅れることがわかり、先を急ぐために湘南新宿ラインで栗橋まで行き、東武日光線に乗り換えて…となりました。

日光線の普通列車が日中は30分に1本しかなく、足踏みを食らっている間に栃木でJR直通特急に追いつかれ、栃木からわずか1時間足らずですが乗ることができました。

終点の鬼怒川温泉駅には1時間遅れて到着しました。撮影後、改札を出て新たに野岩鉄道直通の切符を買いました。

よく見ると、スカートの一部が凹んでいますが、人身事故の当該車両ではないでしょうか?相当な衝撃だったことが窺える一コマです。

大場での撮り鉄

今日は1週間ぶりのテレワークでした。日中は初夏の陽気でしたが、こんな日は花粉飛散が非常に多いです。

普通列車で大場まで戻り、撮影地へ向けて歩きました。途中のコンビニでおにぎりを買い、20分ぐらいで到着しました。数人の撮影者がいましたが、余裕を持ってポジョン確保できました。

 


※3000系普通列車修善寺行き/伊豆箱根鉄道駿豆線三島二日町~大場間にて

まずは3000系の線内普通列車で腕馴らしです。

 


※3000系普通列車三島行き/伊豆箱根鉄道駿豆線大場~三島二日町にて

反対方向から三島行きが来ました。列車の合間におにぎりを食べて小腹を満たしながら待ちました。

 


※7000系普通列車修善寺行き/伊豆箱根鉄道駿豆線三島二日町~大場間にて

続いては7000系です。平成初期に製造されたステンレス製の通勤車です。大場駅で特急「踊り子8号」と交換します。

 


※185系特急「踊り子8号」/伊豆箱根鉄道駿豆線大場~三島二日町にて

雲が狙いすましたように流れて行き、本命の特急通過時には曇られてしまいました。次の13号まではあと1時間近くあります。

 


※3000系普通列車修善寺行き/伊豆箱根鉄道駿豆線三島二日町~大場間にて

雲はその後も悩まし続けました。露出をマニュアルで決めているので、こういう変化には弱いのです。

3000系でもステンレス車体が来ました。…が、曇ってしまうと映えないですね。

 


※185系特急「踊り子13号」/伊豆箱根鉄道駿豆線三島二日町~大場間にて

定刻になっても、東京からの13号が来ません。強風の影響で20分近く遅れてきました。

山頂近くが雲に隠されてしまいましたが、傘をかぶったようになりました、宝永火口が見えているだけましですが、独立峰の撮影の難しさを改めて思い知りました。

この後は撤収して駅へ戻り、線内普通列車に乗りました。

修善寺駅にて

今日も日中は20度超えの暖かい1日でした。こんな日は花粉の飛散量も多くなります。

 


伊豆箱根鉄道へ乗り入れて11時08分、修善寺駅に到着しました。小田原駅から乗車して1時間の旅が終わりました。

ホーム頭橋では何人かの同業者写真を撮っていました。40年の長きにわたって走っていたのがこの3月で引退するのですから、別れを惜しんでのことでしょう。

 


修善寺駅は駅舎が立派なつくりになっていました。ここでお土産にわさびせんべいでも買っておけばよかったですが、今回は185系「踊り子」乗車と撮影が目的なので、買えば荷物になるのは間違いありません。帰りも「踊り子」乗車でなければ、撮影後に一旦修善寺へ戻ることはないですし。

 


大場駅までのきっぷを買い、再びホームへ入りました。3号はこの後8号になって東京へ折り返していきます。平日は1日2往復のみの運転で、土休日には増発されます。しかし、185系引退間近とあって土休日は撮影チャンスが増える反面、撮影者が多くなって自由なアングルで撮影することはできません。

コロナ禍中のご時世ですから密を避けたく、有給を取得して撮影に行った意味があります。幸い、東京方に撮影者が1名いただけでした。

この後は線内普通列車に乗り、大場駅へ向かいました。

熱海駅分割作業・2

今日は日中暖かい1日でしたが、花粉が非常に多く飛んでいました。そのため、空気清浄機を出しました。

 


狭い空間での分割作業は非常に大変なものです。伊豆急下田行きの発車は10時23分。わずか3分の間に済ませなければなりません。

 


ジャンパ栓を10号車側に収納し終えると、突然付属編成側のドアが閉まりました。電気的にもそれぞれ独立したので、11号車の前照灯が点き、少し後退しました。交代後は再びドアが開きました。

 


10時23分、伊豆急下田行きが先に発車しました。伊東までは伊東線で、引き続きJR東日本管内を走ります。

見送った後は再び乗り込みました。10時25分、修善寺へ向けて発車しました。三島まではJR東海管内を走ります。東海道本線は東京~熱海間がJR東日本、熱海~米原間がJR東海、米原以西がJR西日本の3社に跨っており、全線の6割近くがJR東海管内です。

三島までは途中、函南駅がありますが特急は通過、15分ほどで三島駅に到着しました。ここから伊豆箱根鉄道へ乗り入れます。

熱海駅分割作業・1

10時20分、特急「踊り子3号」は熱海駅に到着しました。伊豆急下田行きと修善寺行きに分割されます。伊豆急下田行きは伊東線に入りますが、修善寺行きはJR東海区間に乗り入れます。熱海駅はJR東日本とJR東海の境界駅でもあり、普通列車のほとんどがそれぞれの会社線内折り返しとなっています。

 


熱海駅到着直後、ホームへ下りて分割作業を撮影しました。平日なのに撮影者が数人いました。車両が変わるのはもちろんのこと、昔ながらの手作業も見られなくなるからでしょう。

E257系は自動連解結装置および自動連結幌を備えているので、これらの作業は運転室からの操作で自動化されます。

まずは作業員が車両間に潜って解放レバーを操作していました。

 


次はジャンパ栓を外して10号車側に収納していました。185系には電気連結器がないので、車両間のブレーキ伝達や電気的結合はジャンパ栓が用いられています。

E257系の場合、電気連結器を装備しているので、もちろんジャンパ栓の接続・解放作業も見納めとなります。

続く。。。

特急「踊り子3号」

今日も出社日でした。今週はテレワーク1日、休暇1日、残り3日が出社日となっています。昨春からコロナ禍で基本テレワークになっているので、急な変化に身体がついていけなくなっています。もうアラフィフで50代が近づいている年頃ですし。

昨日(2月17日)、休暇を取得して修善寺へ行ってきましたので、何日かに分けて報告します。

来る3月13日ダイヤ改正で特急「踊り子」がE257系に統一され、185系は引退します。国鉄時代の1981年に作られ、40年近く経過しており、車両老朽化のためです。

富士山バックに撮りたく、伊豆箱根鉄道へ行くことにしましたが、撮影地の混雑を懸念し、密を避けるためにいつ休暇を取るか、なかなか決まらずにいました。

8時10分過ぎに自宅を出て、最寄り駅から小田急線で小田原に出ました。小田原駅に着くと、指定席券売機で修善寺までの乗車券と指定席特急券を買いました。

 


小田原駅ホームでの乗車口案内です。修善寺行きはグリーン車無しの5両編成で11・12号車が自由席、13~15号車が指定席です。

185系のイラストが湘南ブロック色です。1999年から2000年に実施されたリニューアルで塗装変更されましたが、現在は再び斜めストライプに戻っています。

3月改正以降はE257系のものに変わり、見納めとなるのでしょうか。

 


10時02分、特急「踊り子3号」が到着しました。グリーン車付の前10両が伊豆急下田行き、後ろ5両が修善寺行きです。

ドアが開くとすぐに乗車しました。指定席は13号車です。平日ですが、結構乗車がありました。その中にはお別れ乗車のファンもいたことでしょう。

1分停車で発車しました。修善寺まで1時間余りの小旅行です。

修善寺「踊り子」

今日は有給休暇を取得して伊豆箱根鉄道へ行ってきました。狙いは富士山バックの185系「踊り子」撮影です。

 


※185系特急「踊り子13号」/伊豆箱根鉄道駿豆線三島二日町~大場間にて

来る3月13日ダイヤ改正で特急「踊り子」はE257系に統一され、185系は引退します。修善寺「踊り子」については廃止されるのではないか?の噂もありました。

特急「踊り子」の運転区間のうち、熱海~三島間はJR東海管内を走りますが、その区間距離は16km程度しかありません。時刻表の営業キロから東京~三島間は120.7kmで、会社境界である熱海を境にしてJR東海の取り分は13%程度しかない計算になります。

自社の取り分が少ないのは不公平なので、いっそのこと廃止して三島まで新幹線を利用して貰えば、ほぼ全ての運賃・料金収入が自社に入る…というのがJR東海の本音だったようです。それに対し、伊豆箱根鉄道が乗り入れ継続に前向きで、各社の思惑が異なっていたのも噂の根拠だったようです。

結局は房総の余剰車を転用して運転継続が決まりました。伊豆箱根鉄道にVVVF車が入線するのは初めてで、誘導障害の懸念もありましたが…。

今の時世、撮影地の混雑を懸念し、密を避けるために平日に有給休暇を取得しましたが、数人の撮影者がいました。風が強くて20分近く遅れ、雲が多くて変化の先手を読もうと必死でした。

山頂が少し雲に隠されましたが、宝永火口が見えているうえに帽子をかぶったような姿になったので、よしとしましょう。

明日以降、詳細を報告します。

LSE「えのしま74号」

今日も春の陽気で日中は暖かい1日でした。明日は爆弾低気圧通過で全国的に風雨が強くなるそうです。

今春、海老名にオープンするロマンスカーミュージアムでは7000形LSEも展示されます。2013年5月2日にはレアな写真が撮れたので、アメブロから移すと同時に紹介します。

撮影した当時は転職前で、製造業なのでこの年のGWは4月27日~5月6日まで10連休でした。

小田急の公式サイト内にある特急券予約案内で、特急「えのしま74号」に7000形LSEが入ることが分かり、鶴川へ撮影に行きました

自宅を出てチャリで45分ぐらいかかって鶴川に到着。撮影地は鶴川駅から町田方へ2つ目の踏切付近です。

 


※60000形 特急「さがみ72号」/小田急小田原線玉川学園前~鶴川間にて・2013年5月2日撮影

まずは60000形の特急「さがみ72号」です。ご覧のとおり、10両編成は全車が入りません。ぜいぜい8両まででしょう。

 


※4000形 急行新宿行き/小田急小田原線玉川学園前~鶴川間にて・2013年5月2日撮影

次は4000形の急行です。地下鉄千代田線直通運用が中心になっていますが、運用数及び車両数の関係から、一部は地上運用に就いています。10両全て入らないのは分かっていても、ついつい撮ってしまうのは性でしょうね…(^_^;ゞ

 


※3000形 各停新宿行き/小田急小田原線玉川学園前~鶴川間にて・2013年5月2日撮影

いよいよか…?と思って、やって来たのは3000形の各停です。8両編成ですが、後ろがカツカツになってしまいましたね…。
300両を超える陣容ですから、撮る側としてはどうでもよいですが…。

2600形や4000形(初代)、9000形を全廃に追いやったのですから、小田急側としては車種の単純化と標準化を図ったともいえるでしょう。

 


※7000形 特急「えのしま74号」/小田急小田原線玉川学園前~鶴川間にて・2013年5月2日撮影

9時16分ごろ、やっと本命のLSE「えのしま74号」が来ました。滅多に撮れないので、やっと撮れた喜びは大きいです。

LSEが「えのしま」に入るのは平日の75号のみで、新宿発17時44分なので、日の長い季節でないと走行写真の撮影は不可能です。

それだけ、白昼堂々とLSEの「えのしま」が走るのは超レアと言えるでしょう。20年前はごく当たり前でしたが…。

1月の富士山

今日は週1の出社日でした。来週以降の休暇取得予定日が未確定のため、会社での業務スケジュールにも若干影響が出ており、チームリーダーに対応策を相談したりもしました。天気予報以外にも場所や時間、気象条件などの要素が複雑に絡みあっているためです。

 


※20000形特急「あさぎり1号」(当時)/御殿場線足柄~御殿場間にて:2012年1月4日撮影

昨日掲載したJR371系の特急「あさぎり2号」と同じ日に撮影したものです。当時は1991年から2012年までは小田急とJRの相互直通運転で、沼津まで運転されていました。

この年の3月改正で小田急60000形に置き換えられ、運転区間も御殿場までに短縮、小田急からの片乗り入れに戻っています。1991年以前は3000形による片乗り入れでJR線内は急行、運転区間も御殿場まででした。

3000形は今では小田急の通勤車で300両を越える大所帯ですが、2代目で初代はロマンスカーでした。私鉄では9000まで形式番号がいっぱいになると、10000といった5桁になるか、1000や2000等の番号が廃車などで空いたのを再び利用するといった若返りがあります。

撮影当時、富士山の雪はまだ少なく、この年は厳冬だったことが伺えます。4月の磐越再西線ではまだ雪が残っていました。

日本海側が雪でも太平洋側は乾燥した晴天続きで、南岸低気圧が通過しやすくなる2月以降に多くなるようです。富士山の積雪がピークになるのは3月頃です。

今年は年始の時点で雪が少なかったので、2月以降に多くなるタイミングを見計らって休暇を取得し、伊豆箱根鉄道へ特急「踊り子」を撮影することを考えていました。

いつ、休暇を取得して撮影に行くのか?日時決定はは来週頭になりそうです。