山型へ-1

春の嵐が過ぎ、週明けは快晴でした。スギ花粉がほぼ終息したので、テレワーク終了後に空気洗浄機をしまいました。スギ花粉に罹患してもヒノキ花粉には罹患していないのが幸いです。ただし、クワガタがボーベリア菌の被害に遭った場合は1週間程度出すことになります。

 


※尾瀬御池ロッジ/尾瀬御池にて

バスで向かった先は尾瀬御池です。桧枝岐でヒメオオクワガタが採れるのは御池から更に新潟県側らしいそうですが、御池あたりは尾瀬国立公園にかかっています。

国立公園で特別保護地区は動植物の採集は禁止されているため、どのあたりが特別保護地区になっているか情報収集をするためです。

山形へ移動するため、帰りのバスの時間から、あまり遠くまで歩くことはできません。ロッジには尾瀬ブナの森ミュージアムが併設されており、レンジャーの人がいたので、案内図を見ながら話を聞いてみました。

国立公園の案内図をもらったので、公園を出られるか試してみました。新潟県側へ行けば国立公園を出られると思ったのですが、昼食もとらないといけないので、30分ぐらい歩いたところでロッジへ引き返しました。

やはり、車がないと某林道は遠いです。いつかは車の免許を取らないと無理かな…?ロッジには休憩処もあるので、食券を買って昼食にしました。

昼食後、改めて話を聞いてみたところ、資料がないので詳しいことはわからないとのことでした。

 


※会津バス/尾瀬御池にて

バスの時間が来たので、乗車して会津高原尾瀬口駅へ向かいました。来シーズンへの目標もできたことですし。

 


※6050系普通列車/会津鉄道会津高原尾瀬口駅にて

15時頃には会津高原尾瀬口駅に到着しました。これから会津鉄道に乗車し、会津若松へ向かいます。まずは野岩鉄道からの直通列車で会津田島へ。会津鉄道は会津高原尾瀬口から会津田島までが電化されており、東武鉄道からの3社直通運転も実施されています。

 


※6050系区間快速/会津鉄道会津田島駅にて

電化区間は会津田島で終わり、気動車に乗り換えです。会津若松までの全線電化はトンネルや橋梁が多く費用がかかりすぎるのと、JR線が交流電化されているため、デットセクションや製作費が高価な交直流電車が必要といった問題もあります。

約1時間10分の旅路、会津若松行きのディーゼルカーは定刻通りに発車しました。

東武スペーシア

今日から2013年9月の福島、山型遠征記事を旧ブログから移します。これが終わると、2013年1~9月の遠征記事は全てこちらへ移し終えることになります。

2013年シーズン最後の灯火採集と左沢線SL撮影のため、9月6日に休暇を取得して2泊3日の東北遠征に行ってきました。

まずは福島県南会津で、最寄が野岩鉄道の会津高原尾瀬口なので、JR~東武~野岩と3社を乗り継いで行くことになります。途中の鬼怒川温泉までは新宿から直通特急があるので、えきねっとにて「スペーシアきぬがわ3号」を予約しました。

 


※東武100系 特急「スペーシアきぬがわ3号」/東武鬼怒川線鬼怒川温泉駅にて

早朝に発生した日光線内での人身事故の影響で遅れることがわかり、先を急ぐために湘南新宿ラインで栗橋まで行き、東武日光線に乗り換えて…となりました。

日光線の普通列車が日中は30分に1本しかなく、足踏みを食らっている間に栃木でJR直通特急に追いつかれ、栃木からわずか1時間足らずですが乗ることができました。

終点の鬼怒川温泉駅には1時間遅れて到着しました。撮影後、改札を出て新たに野岩鉄道直通の切符を買いました。

よく見ると、スカートの一部が凹んでいますが、人身事故の当該車両ではないでしょうか?相当な衝撃だったことが窺える一コマです。

仙台空港にて

週明けは暖かい1日でした。明日はさらに気温上昇、GW並みの暖かさとなります。

 


※快速「ELSL仙台宮城DC号」/東北本線仙台駅にて

反対側に回ってEL側を撮影しました。昨春のダイヤ改正でED75の定期運用は消滅しており、今では臨時列車や工臨でみられるだけですので、撮影しました。

撮影後は改札を出てコインロッカーに荷物を預けました。パソコンが入っていて重いですから…(爆。

空き時間を利用してどうしようか…と思案したところ、仙台空港へ行くことにしました。有人改札で聞いたところ、仙台空港線は週末パスに含まれていないので、名取~仙台空港間は別料金になるとのことでした。

すでに仙台空港行きの電車はホームに在線しているので、すぐに乗りました。約25分で仙台空港駅に到着しました。

 


※仙台空港駅

改札口にて、週末パスを見せて名取からの運賃400円を支払いました。震災時、空港は津波の被害を受け、仙台空港鉄道もトンネルが水没する被害を受けました。

現在は米軍の協力によってがれきが取り払われ、機能を取り戻しています。

駅から空港へはデッキでつながっているので、雨に濡れることなく空港ロビーへ行くことができます。

 


※仙台空港にて

展望デッキからは離着陸する飛行機を見ることができます。丁度、1機が離陸のために滑走路を走るところを撮影しました。

撮影後はすぐに仙台へ戻りました。約25分で仙台に到着、時刻は13時近かったので駅そばで昼食にしました。

三島駅1番ホーム

今日は令和になって2度目の天皇誕生日でした。一昨年の皇位継承で天皇誕生日が12月23日から2月23日に移動したため、令和では2月に祝日が2日あることになります。

好天に恵まれましたが、花粉の飛散量も多く、在宅時も花粉症に悩まされました。

 


三島駅に到着後はJR線乗り換えです。きっぷはJR線連絡きっぷを買っていたので、乗り換え改札を通るだけです。

1番線はホームが抉られている箇所があります。ホーム途中に伊豆箱根鉄道への連絡線として分岐器が設置されており、特急「踊り子」直通運転の際、建築限界に抵触しないようにしているのです。

現行の185系は20m級ですが、後継のE257系は21m級となっています。車体が伸びた分、そのままでは建築限界に抵触する可能性があるため、乗務員ハンドル訓練前に改修したのでしょうか?

強風のため、熱海行きの電車が3分程度遅れ、熱海でJR東日本、小田原から小田急線に乗り継いで17時半ぐらいに帰宅しました。

これにて「踊り子」撮影の報告は完結です。

大場での撮り鉄

今日は1週間ぶりのテレワークでした。日中は初夏の陽気でしたが、こんな日は花粉飛散が非常に多いです。

普通列車で大場まで戻り、撮影地へ向けて歩きました。途中のコンビニでおにぎりを買い、20分ぐらいで到着しました。数人の撮影者がいましたが、余裕を持ってポジョン確保できました。

 


※3000系普通列車修善寺行き/伊豆箱根鉄道駿豆線三島二日町~大場間にて

まずは3000系の線内普通列車で腕馴らしです。

 


※3000系普通列車三島行き/伊豆箱根鉄道駿豆線大場~三島二日町にて

反対方向から三島行きが来ました。列車の合間におにぎりを食べて小腹を満たしながら待ちました。

 


※7000系普通列車修善寺行き/伊豆箱根鉄道駿豆線三島二日町~大場間にて

続いては7000系です。平成初期に製造されたステンレス製の通勤車です。大場駅で特急「踊り子8号」と交換します。

 


※185系特急「踊り子8号」/伊豆箱根鉄道駿豆線大場~三島二日町にて

雲が狙いすましたように流れて行き、本命の特急通過時には曇られてしまいました。次の13号まではあと1時間近くあります。

 


※3000系普通列車修善寺行き/伊豆箱根鉄道駿豆線三島二日町~大場間にて

雲はその後も悩まし続けました。露出をマニュアルで決めているので、こういう変化には弱いのです。

3000系でもステンレス車体が来ました。…が、曇ってしまうと映えないですね。

 


※185系特急「踊り子13号」/伊豆箱根鉄道駿豆線三島二日町~大場間にて

定刻になっても、東京からの13号が来ません。強風の影響で20分近く遅れてきました。

山頂近くが雲に隠されてしまいましたが、傘をかぶったようになりました、宝永火口が見えているだけましですが、独立峰の撮影の難しさを改めて思い知りました。

この後は撤収して駅へ戻り、線内普通列車に乗りました。

修善寺駅にて

今日も日中は20度超えの暖かい1日でした。こんな日は花粉の飛散量も多くなります。

 


伊豆箱根鉄道へ乗り入れて11時08分、修善寺駅に到着しました。小田原駅から乗車して1時間の旅が終わりました。

ホーム頭橋では何人かの同業者写真を撮っていました。40年の長きにわたって走っていたのがこの3月で引退するのですから、別れを惜しんでのことでしょう。

 


修善寺駅は駅舎が立派なつくりになっていました。ここでお土産にわさびせんべいでも買っておけばよかったですが、今回は185系「踊り子」乗車と撮影が目的なので、買えば荷物になるのは間違いありません。帰りも「踊り子」乗車でなければ、撮影後に一旦修善寺へ戻ることはないですし。

 


大場駅までのきっぷを買い、再びホームへ入りました。3号はこの後8号になって東京へ折り返していきます。平日は1日2往復のみの運転で、土休日には増発されます。しかし、185系引退間近とあって土休日は撮影チャンスが増える反面、撮影者が多くなって自由なアングルで撮影することはできません。

コロナ禍中のご時世ですから密を避けたく、有給を取得して撮影に行った意味があります。幸い、東京方に撮影者が1名いただけでした。

この後は線内普通列車に乗り、大場駅へ向かいました。

修善寺「踊り子」

今日は有給休暇を取得して伊豆箱根鉄道へ行ってきました。狙いは富士山バックの185系「踊り子」撮影です。

 


※185系特急「踊り子13号」/伊豆箱根鉄道駿豆線三島二日町~大場間にて

来る3月13日ダイヤ改正で特急「踊り子」はE257系に統一され、185系は引退します。修善寺「踊り子」については廃止されるのではないか?の噂もありました。

特急「踊り子」の運転区間のうち、熱海~三島間はJR東海管内を走りますが、その区間距離は16km程度しかありません。時刻表の営業キロから東京~三島間は120.7kmで、会社境界である熱海を境にしてJR東海の取り分は13%程度しかない計算になります。

自社の取り分が少ないのは不公平なので、いっそのこと廃止して三島まで新幹線を利用して貰えば、ほぼ全ての運賃・料金収入が自社に入る…というのがJR東海の本音だったようです。それに対し、伊豆箱根鉄道が乗り入れ継続に前向きで、各社の思惑が異なっていたのも噂の根拠だったようです。

結局は房総の余剰車を転用して運転継続が決まりました。伊豆箱根鉄道にVVVF車が入線するのは初めてで、誘導障害の懸念もありましたが…。

今の時世、撮影地の混雑を懸念し、密を避けるために平日に有給休暇を取得しましたが、数人の撮影者がいました。風が強くて20分近く遅れ、雲が多くて変化の先手を読もうと必死でした。

山頂が少し雲に隠されましたが、宝永火口が見えているうえに帽子をかぶったような姿になったので、よしとしましょう。

明日以降、詳細を報告します。

最終日の銚子駅にて

今日は南岸低気圧の通過により、朝から雨が降ってきました。明日には都心でも雪になるそうですが、コース予想が難しいのでどうなるのでしょうか。

 


※SL快速「SLおいでよ銚子号」/総武本線銚子駅にて

銚子駅に着くと、ホームは大混雑でした。試運転時はあまり混雑していなかったので、天と地の差です。それでも、到着した「SLおいでよ銚子号」を撮ることができました。

 


※C61入れ換え作業/総武本線銚子駅にて

しばらくして構内入れ換えで移動してきました。中央の写真は特急も絡めて撮ってみましたが、無理がありましたね…。しばらくしてSLは切り離されました。

 


※銚子電鉄2000系/銚子電鉄銚子駅にて

全てのミッション終了後、16時31分ごろには銚子電鉄の2000系が到着しました。

元京王2000系なのですが、今度はアイボリー編成でした。今から30年前、小学校低学年だった当時は「グリーン車」がまだ健在だったのですが、アイボリーの2000系を見たことはありませんでした。

一時期アイボリーに塗られたのは1963年の5000系登場前後から数年間だけで、私が産まれる前に全てグリーンに戻されたそうです。しかも、アイボリーに塗られていたのは一部の編成だけで、2000系が全てアイボリーに塗られた訳ではないのです。

5000系の絶対数が不足していたので、一時的に2000系をアイボリーに塗って特急に充当したのでしょう。京王線の特急運転は5000系の登場時からですが、それ以前にも休日等に不定期でハイキング特急を走らせたそうです。

29年ぶりの再会と初めて見るアイボリー塗装は、懐かしさと新鮮さが錯綜したような感覚でした。

 


※駅名板/総武本線銚子駅にて

特急の発車時間も迫ってきたので、乗らなければなりません。特急に乗る前に撮影した駅名板です。SL運転を記念して特別版に変わった模様です。

乗車し、16時38分定刻どおりに特急「しおさい14号」は銚子駅を発車しました。

 


※255系特急「しおさい14号」/総武本線東京駅にて

SL運転のためか?指定席は混雑していました。指定席は9両編成中、4号車のグリーン車と5号車の普通指定席なのですが、この日は通常自由席の1~3号車も指定席に変更となっていました。

これは、SLパックツアー客の利用もあるから、指定席に変更したのでしょう。千葉あたりで激減したことから、千葉県内のツアー客が多かった様です。

18時27分、東京駅に到着、撮影した後は中央線と京王線を乗り継いで帰宅しました。

 

これにて2013年2月の成田線SLの記事移動を終了しました。最後までお付き合いありがとうございました。

次回は2013年3月の信越本線の記事を移動します。

銚子駅にて

今日は今年初の月曜日勤務でした(…とはいってもテレワークによる在宅勤務ですが)。今年初の月曜日となる4日が年末年始休暇中であり、翌週はハッピーマンデーで祝日でした。

 


※銚子電鉄2000系/銚子駅にて

銚子駅到着後はすぐに改札を出ず、銚子電鉄の元京王車等を撮影しました。SL試運転時は夕刻
の撮影だったので、白昼での撮影は初です。

反対側も撮影しました。外川方は5000系に似た先頭形状です。5000系と違うのは裾絞りがありません。この顔は京王時代にあったものではありません。

伊予鉄道時代に先頭車化改造されたもので、譲渡時は3両編成だったのを輸送力見直しで2両にするために改造したのです。日中の閑散時は2両、ラッシュ時は3両編成に増結できるよう、貫通先頭車とするために5000系とほぼ同じ顔が採用されたのです。

 


※209系普通列車/総武本線銚子駅にて

さっきまで乗っていた209系ローカルですが、どこか違和感がありませんか?そう、スカートの左側に鳥の死骸が付いています。

どこかでぶつかったかは分かりませんが、もちろん鳥は死んでいました。種類は分かりませんが、ワシかタカの仲間で猛禽類です。おそらく狩りに行く途中で電車とぶつかったのでしょう。

駅到着後、運転士さんに知らせたので、この後に取り除かれました。

 


※銚子電鉄の肉飯弁当

さて、駅を出て昼食タイムです。折角銚子に来たのですから、何を食べるか迷いました(笑。

やっと決めたのが「銚子電鉄の肉飯弁当」で、駅長が鉄道員のために作った賄い食です。

ご飯の上に牛焼肉と味付けゆで卵が載っており、栄養満点です。値段も550円とリーズナブルです。ハチクマライスもそうですが、普段は一般の人の目に触れることが少なかった賄い食が脚光を浴びる時代となったものですね。

昼食後は再び駅へ戻りました。

銚子駅にて

今日は日中、暖かい1日でした。明日からは再び真冬の寒さが戻ってきます。

 


※銚子電鉄2000系/銚子電鉄銚子駅にて

銚子駅では、銚子電鉄の元京王車にも会うことができました。元日に29年ぶりの再会した時は未明だったので、明るい時間での撮影は今回が初です。

京王にいた頃は非冷房でしたが、伊予鉄道への譲渡の際に冷房改造されています。

京王時代は種別札差しがありましたが、伊予鉄道への譲渡時に撤去されています。行先表示機は撤去されましたが、行先サボ差しが銚子電鉄譲渡の際に復元されています。冷房改造されているのと、種別札差しがないことを除けば、ほぼ京王時代そのままです。

ていうか、京王時代は各駅停車の時は黄色札、回送時に「回」の札を差した姿しか見ていなかったと思いますが、30年以上前で私はまだ子供だったのであまりよく覚えていません。

 


※銚子駅JRホーム/総武本線銚子駅にて

いつもは特急は駅舎がある側の1番線発着なのですが、SL運転のため3番線から発車です。2・3番線で同じホームを挟んで209系ローカルと255系の特急が並んで停車していました。

 


※銚子電鉄ホーム

銚子電鉄のホームと駅舎はJRホームにあります。欠き取りホームになっており、この駅舎の奥から発着します。ただし、銚子電鉄側は無人なのでSuica用の簡易改札機があるのみで出入りは自由です。

以前は風車の羽根があったのですが、故障したために現在は撤去されています。

 


※試9421レ/総武本線銚子駅にて

側線にはすでに試運転列車編成が移動していました。次の試運転は翌々日なので、これから整備後にしばしの休息です。

試運転日が2月2・3・5~7日、本運転が9~11日で、4・8日に運転がないのは、乗務員の休養も考えているからなのでしょう。もし5日間連続運転でしたら、乗務員にとっては連続勤務となりますから。

 


※銚子電鉄デハ1000形/銚子電鉄銚子駅にて

2000系が外川方へ去った後、入れ替わりで到着したのは元営団車です。銀座線と丸の内線方南町支線で活躍した2000系で、丸ノ内線風カラーに塗られています。

ただ一つ違うのは、銀のウェーブラインがないことです。また、銀座線及び丸ノ内線は第三軌条から集電する方式だったので、架線から集電するためにパンダグラフが取り付けられています。

撮影後は特急の発車時刻が迫ってきたため、特急に乗車して東京に帰りました。